なんでもない午後

昨日は、久しぶりに38.6という高熱をだしたらしい。今日は、37.1。まぁ、平熱のようなものだ。外は、風がきもちい。曇りだから、公園も快適だ。この時期からは、日差しがあると、アスファルトからの熱反射で暑い。今日は、熱反射も抑えられていて、風も心地よい。

ハーゲンダッツは食べるかとおもって買ったけど、今日は、口を「む」として、いらないという。何故かはわからない。ためにし、すこしバニラを押し込んでみたけど、余計なことをするなというような顔をしている。つぎの瞬間、睨み返してきた。「いらないの?」と質問してみると、はっきりとわかる程度にうなずいた。そんなわけで、本日の110g 240kcalは、またもやぼくの胃の中へと消えた。

今月末に、長男家族がやってくることを伝えた。この時も、上目遣いにぼくの目をにらんで「わかった」と頷いて、そしてまた目を閉じる。ぼくらは、こうやって、2時間、公園で風に吹かれていた。

思ってみれば、ぼくらは結婚して31年過ごしてきた、そのうちもう7年以上は声での会話はしていない。でも、過ぎた月日を思えば、いつだってあっというまだ。この風の中の2時間も、この7年間も、31年も、過ぎてしまえば、過去のことで、そこに時間は存在しないように感じる。

それらの時間は、ぼくらに経験を与え、心を成長させるのだろう。植物が乾いた土の中から水分をさがすように根を張り巡らせるように、ぼくらは、困難の中から、なにかを掴み取ろうとするのだろう。

そして、こんなに平和な風の中の2時間で、それを思い起こしたりするんだ。
今日も、ヒヨドリの声がする。


なんでもない午後」への2件のフィードバック

  1. 優子

    はじめまして。
    私も昨年11月に父が脳出血で倒れ、CT画像では脳幹の半分以上が白かったです。
    ドクターには『今までここまでの出血で助かった人は0!手術して手術中に亡くなるリスクも高い。家族にはいますぐ酷な判断を。手術するかしないか。』

    何とも地獄な時間でした。
    父は『俺は幸せだ!いつ死んでもいい。ただ最期に管に繋がれたり家族に長く看病させるのだけはやめてくれ!』とよく言っていました。

    私達家族は手術は避けました。

    高熱も続き 一体いつになったら『いのちの危機』から脱するんだと。あれから何日たったのかすらわからない日々でした。
    熱があるのに転院話。
    ブログを読んでいてあの時の何とも言えない気持ちをまるで代弁してくださっているように感じました。

    今は時々しゃべります。
    会話もできるまでになり、本当にみなさんに感謝です!何より本人が一番頑張ってくれました。

    かっこちゃん繋がりで出逢えた方にこのブログを教えていただき。昨夜泣きました。

    父がこうなったことは本当に悲しいですが引き寄せてくれた繋がりはたくさんあります!

    まだまだ課題はたくさんありますが巻き戻しできないこの今をそれなりに楽しんでいきたいです!

    ブログに力いただきました。ありがとうございます

    返信
    1. t.nishijima 投稿作成者

      かっこちゃんから、促されてブログを書き始めましたが、あっというまにもう4年たちました。いったい、何を書けばいいのかわからないまま、書き始めて、まずは妻が倒れてからの振り返りをしました。そうしたら、出てくる出てくる、まいったことばかりでした。もしかしたら、今後、このことは、誰かの参考になるかもしれないと、ちょっといいにくいことも、書いてみました。そうすると、不思議なことに、だんだん、ぼくの心が晴れてきました。

      ブログも歌も踊りも映画もそうだと思いますが、体から感情や言葉を出す作業なんですね。それが、思いのほか、フラットな自分をたもつことに役立ちました。かっこちゃんも、優さんも、靖子さんも、そうなんだろうなって思います。問題は、障害をもった本人ですよね。

      そういう意味で、ぼくにも、妻にも、課題は満載です。今日も、孫たちが来た時の話をすると、妻は「そうそう」とでも言うように反応がよかったです。が、これだけじゃブログにならないので、書いていません(笑)でも、こうやって、すこしでもお役にたてたらな、とてもうれしいです。コメントありがとうございました。

      返信

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