新入り

二人目の孫は女の子だった。ぼくや妻の遺伝子をもつ女性がこの世にはじめてやってきたのは、去年の年末だった。あれからあっという間に半年がたった。なかなか、病院までこれなかったのだが、やっと会える日がやってきた。

ここのところ、妻は毎日発熱している。病院の中は、涼しくて快適なのに、なぜか外気温が高いときに発熱しやすい。脳幹と地球が連動しているような気分になる。幸いにも、昨日は、曇り空。湿度は高かったが気温はさほどではない。事前に、この日のことは伝えてあったから、気合もはいっていて、体調をうまくコントロールしてぼくらを待ち受けてくれた。

いつものデイルーム。長男家族4名、嫁の母親、次男、そして妻とぼく、、、新入りをふくめて総勢8名、病院でわいわい、ギャーギャーの1時間だった。

新入りのおにいちゃんは、今年5歳になる。新入りのことは気にせずに、広いデイルームを走り回る。走ることがなぜそんなにおもしろい?
「じーじ、ぼくのことを追いかけてよ」という。もちろん、ぼくは「いやだよ」という。「どーして、どーして?」「それはね、汗をかくし、つかれるからいやだよ」「大丈夫だよ、大丈夫」「なにが大丈夫だ、それはお前が大丈夫なだけだ、こっちはたまらん」

新入りは顔見知りをしはじめた頃で、ぼくが抱っこすると、約5秒で泣き始める仕組みになっている。そして、母親や父親へわたすと、ピタリと泣き止む。ようく出来た、ぜんまい時掛けのように、しっかりとしたパターンが組み込まれている。

この泣くときのパワーがものすごい。背筋がしっかりとしている。抱っこして5秒、体がちょっと硬直しはじめる。「やばい」と感じた次の瞬間、背中を勢いよくグイーンと反らせて、大粒の涙がポチリと目のはしっこからはみ出す。そして、ポロリと流れ落ちる。この涙はスローモーションでぼくの脳に焼き付いている。そして、うぎゃぁ~~と、見た目に合わない大騒動となる。フレディのシャウトのような力強さである。

この大騒動を目の前で見て、妻の頭の中では、さまざまな記憶が巡ったことだろう。この大騒ぎの孫の父親、ようするに、ぼくらの長男は、30年前このようであった。すごい大声で、力強く、背を反り返し、気をつけないと、後頭部を床にたたきつけるほどのパワーで泣きわめく。めぐるめぐる、めぐる因果は風車である。

妻はその鳴き声を聞きながら、くしゃくしゃになった顔を眺めながら、きっと30年まえのことを思い出したにちがいない。あのころの、しあわせな日々と、大変な日々を、特別な感情とともに、思い出したにちがいない。きっと、さまざまな映像が脳の中に映し出されたことだろう。こうやって、嵐のような1時間はあっというまにすぎた。

こうやって、時代はかわっていく。人間として生まれ、すべてを守られ、一番しあわせで、記憶のない時代が、親から子へと引き継がれる。そして、泣いていた赤ん坊は、30年後に同じ目にあうのだ。

ざまぁみろ。


コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です