親友

昨日、優さんが来てくれました。
妻は、倒れてから何人か友達を作りました。倒れてから3年をベッドで過ごしたのち、52歳を過ぎて、守本さんご夫妻とは出会い、奥様の優さんとはあっという間に親友になりました。

ベッドで生活している人たちにとっては、特別な出会いですが、一般的な目からすると、風変わりな友達ばかりです。妻の友人は、ほかには、国学院大学の柴田先生と奥様。だいたい同世代の友達で、みんな音楽好きなこともあり話があいます。

この出会いは、白雪姫プロジェクトのかっこちゃんからのつながりで広がった出会いですが、妻にとっては、まったく不思議な出会いだっただろうと思います。2013年の春、ぼくが会社を辞めたことをきっかけに、動く範囲が仕事以外へとどんどん広がり、そんな中で障害をもつ方々のつながりで知り合っていきました。

そんな中、住んでいる地域がちかいことがわかった守本さんご夫婦が、病院を訪ねてきてくれたのが、新いい、珍しい、友達たちとの出会いのスタートでした。この時は、まだ、妻は、車椅子にはのれるけど、首の安定性もなく、ぼくは、妻の背中に、着物の帯をまわして、ぼく自身の腰に巻きつけて、端座位の練習をはじめたばかりでした。

なぜ、帯が必要かといえば、両手で首を支えないと、危ない状態だったからです。それで、自分の腰にまきつけた帯をぐいっと引っ張りながら、首を両手で支えながら、背中を立てる端座位の練習をスタートしたばかりの、そんな頃に、守本さんご夫妻はやってきました。

そして、その年の5月には、柴田先生がやってきてくれました。このときの、対面には、守本夫妻も立ち会ってもらい、ビデオ記録までとっていただき、ぼくは、3年ぶりに、妻の心の中にあった言葉を、柴田先生を通じて知ることができました。

会社を辞めて、金沢へ端座位の勉強をしにいって、もどってきてからは、魔法のような日々が展開していきました。妻は、柴田先生とあったその日から、友達になりました。それも、なんだか、幼馴染の男の子とあうようなムードでした。なんと言えば伝わるでしょうか。柴田先生はとても不思議な方で、なんとも、じわぁ〜っとした暖かさが伝わってきて、そのまま、妻は初対面のその日から冗談をいいはじめるような間柄になっていきました。

ぼくにも冗談を言わない妻は、幼馴染のような柴田先生へは、ちょっと悪ふざけをするような口をたたいていたりしました。ぼくは、柴田先生に、言葉を読み取るということではなく、この初対面に冗談を言わせる、警戒心をまったく消し去るこの才能に「お主やるな」と思いました。ぼくには、まったく太刀打ちのできないずば抜けた才能です。

こうやって、妻は、倒れてから、特別な友人をつくっていきました。
優さんは、その後、指筆談を体得され、最初はゆっくり、ゆっくり、読み取っていた言葉が、今ではかなり早く読み取れるようになっていて、女子トークは、楽しい時間のようです。

とはいえ、みなさん、忙しい方々ばかりですから、そうそう会うチャンスはありません。年に1〜2回というかんじでしょうか。お二人とも、必要とされている方々が全国にいらっしゃるので、ぼくも、お声がけすることはやめていました。柴田先生も優さんも、体は一つしかありません。そして、ぼくらより、今すぐきて欲しいと切望されている方々が、日本全国にたくさんいらっしゃいます。

しかし、ここのところ、妻は端座位をやっているときに、ぼくの目をにらみ、首をぷいっと横にむけ、そこから目を合わせないなど、いつもと違う行動が出てきて、たまに調子がいいときには、口をモゴモゴ動かして、睨んでなにかを訴えるのです。そして、首で、あっちへいけ、あっちへいけ、とでもいうように、アクションをすることがあります。しかし、その意味がよく何かわかりません。

いくつも質問をしましたが、やっぱりわからない。けど、気になるな・・・と、久しぶりに優さんにヘルプの連絡をしたのです。

優さんは、到着するならい、すぐ指をとって、話し始めました。「あー、遅くなっちゃった、ごめんなさい」・・・と始まり、互いに近況を話し合っていました。それで「最近、西嶋さんにたいして思っていることがあったら、良かったら話して」と本題にはいりました。妻は、疲れて、目が開かなくなってきていましたが、これだけは、ちゃんと話しておかないとまた、伝えるチャンスがなくなると思ったのでしょう。目をシバシバしながら、頑張って、指筆談で会話しはじめました。

ようするに、こんなことでした。
ぼくが最近忙しくなって、病院へくることが少なくなっています。また、来れる時には、一番み近い時には30分程度のときもあります。とにかく、端座位だけは続けないといけないので、それだけを、やりに来ていることがあるわけです。前までは、だいたい3〜5時間、毎日いたのに、最近は嵐のように端座位をやって去っていくわけです。

それが、ぼくの波動から、申し訳ないという気持ちが伝わって行ってしまったようです。それで、妻は自分のことを重荷に感じていないか?私は大丈夫だから、もっと大好きな仕事に打ち込んでと伝えたかったようなのでした。

なるほどー。重荷と感じたことはないので、それはないよ。って伝えました。そして、仕事も楽しくやっているから、大丈夫だよと。妻は「あなたは、あなたの人生をもっと楽しんでね」というのが、回答でした。そして、今は、ベッドの上で快適に生活していて、しあわせだということでした。

なんと、腹の据わった人なんだろうと思いました。とても、穏やかに、毎日を過ごしているようです。ただ、不思議な言葉もありました。

これは、下手すると長くなるので、また後日書いてみようと思います。ぼくらは、本当に、様々な方々の支えの中で、とても、しあわせな人生を生きているとつくづく感じた1日でした。


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