月別アーカイブ: 2016年9月

お出かけ、ドライブ&ライブ!

先日の日曜日は、久しぶりに妻とお出かけ。優さん率いる劇団ファーストラインの公演「祈りは届く」を観に福生市民会館へ行った。運転をお願いした友人とお昼に病院で待ち合わせ準備開始。妻はものすごく気合のはいった顔で迎えてくれた。この時の気合のはいった顔というのは、なんと表現していいのかわからないんだけど、とにかく「お、気合はいっているね!」とわかる顔だ。以前は無表情しかなかったのに、今は心が脳を動かし、脳は表情筋へとしっかりと情報を伝達して、筋肉が動きこの表情になっている。すばらしい。

当然、体温調整もうまくやっていて、発熱もなく、低体温でもない。そうでなければ、あの気合のはいった顔にはならない。きっと、前日から、精神コントロールしながら、体調をもってきているのだろう。アスリートと同じだ。担当看護師さんに手伝ってもらって、まず車に盛り込んだ。今日は、福生市民会館までのドライブ日記です。

前日の土曜日、森川美穂のライブが目黒のブルースアレイで行われて、ぼくはスタッフとして立ち会っていた。このライブ音源をその場で収録してCDRで販売した。そのライブ音源をもってきていたので、ドライブの車中は森川美穂ライブを聴く会場となった。 続きを読む

新しい目標

今日は夕方になってしまったけど、少し時間がとれたので、病院に来た。この時間帯は、すでに疲れている場合が多いけど、夕食前に少しだけでも端座位をやりたかった。やる気満々というかんじはしなかったけど、毎日これないので、やれるときには頑張ろうねと声をかけて、端座位をとった。おとといのように、ヒョイと首をあげるのかな?と見守っていたけど、今日は上がらなかった。しゃがんで、顔を覗き込むと、なんか、いい目をしはじめている。なんだろう?なんか、魂胆でもあるのかな?

おデコに手をあてて、頭を上げるのを手伝って、目をみながら「いろいろな体調のときがあるだろうから、無理しなくていいよ。タイミング、タイミング、自分のタイミングでトレーニングをしてね。」と伝えて、しばらくそのまま座っていた。2分ほど、気持ちを整えてから、妻は自分から首を前に倒した。

この瞬間は、試合に臨む体操の選手が、精神を統一してから、競技をスタートする瞬間と同じだなと感じた。
さて、どんな技が飛び出すのやらと、眺めていたら、まったく面白いことやりやがる。今日は、いつもと反対の右回りで首を上げようとトライした。途中までで、最後までは上がり切らなかったけど、新しい技の練習に突入したようだ。前回のスピードからすると、左まわりヘッドアップは、もうマスターしてしまったから、次の段階に入ったということだろう。すごいやつだ。

さらに、3回目には、頭を回転させずに、首を正面からあげてみようとトライしていた。これも、最後まではいかなかったけど、これはすごい。今日はうまくは行かなかったけど、このように段階的に計画を立てているところが素晴らしい。きっと今年中に、右回りもいけるようになるだろう。

まったく、ピクリともしなかった首が、6年半で頭を左にまわりしながら上げられるところまで回復した。この「出来るようになった」という事実が、自信となり、次へのステップへと向かわせるのだろう。

今度は、右回り、そして、正面からという目標を立てて、そこに進む。すごいのと一緒になったものだ。「ねー、無理しなくていいけど、1回、首グイーンってあげてよ。」と、リクエストをしたら、いつもの左周りで、軽々と頭を左回転で持ち上げた!・・・やっぱり、これはパーフェクトだ。1つの技を完璧にしたので、妻には、新しい技が必要となったようだ。どん欲な選手だな。将来、試合に出たらきっと高得点をとれるだろう。

今日の格言・今日の端座位

妻は、首の筋肉の使い方が明らかに上手になっている。グレードアップしている。どんなにゆっくりでも「あきらめずに、真剣にやり続ければ、確実に前に進む」ということを、無言で教えられているようだ。こんな方法で人生の教訓を教えられるとはね。強烈だな。

端座位をして、座るポジションを調整するときに、首を下にしてもらったわけだけど、その次の瞬間、ヒョイと首を持ち上げた。あれ?そんなに、ラクラクと出来ちゃうわけ?なんか、あっけないほどに、ヒョイって。すごいなぁ、あれだけ、やろう、やろうと念じていても上がらなかったのに、重い頭を首の筋肉を器用につかってヒョイと持ち上げることが出来るようになった。

「ねー、そのすごいの、もう一度やってよ。ムービーで撮って、息子たちに送りたいからさ。」と相談したら、妻から右ななめ上の僕の顔をジロリと一瞥し、無言で首を前に倒した。そして、その頭を前に倒す途中でゆっくりとソフトランディングさせるというテクニックを使い、そこからあっという間にまたヒョイと左回転をしながら顔を左肩の上へと持ち上げた。

見事だ。

オリンピック体操の日本選手を見ていた時と同じ種類の感情が、体の中を駆け抜けた。言葉にすると「すごい」って事でしか表せない。言葉ではうまく伝えられない。こういうときに、映像や音楽は効果的だ。あるいは川柳のように、言葉の数にわざわざ制限を設けて、言葉と言葉のあいだにある空白に感情を浮かび上がらせるようなこともおもしろい。相変わらず、ぼくの言葉はどこかへ歩き出す。

心と身体、それぞれのペース

一週間ぶりの病院。
一週間のご無沙汰というのは、僕自身が体調を壊し入院したとき以来のことだ。しかし、ぼくにってはあっという間の一週間だった。そして僕にとっては今までにない、一週間でもあった。

なにが違っていたかというと、以前は、病院へいけない日は、僕自身の気持ちが落ち着かなかった。妻のために病院へいっていたということでもなくて、僕自身の精神安定のためでもあった。病院にいけないときは、なにか不安だったり、どこか罪悪感があるような、原因不明の不安定な落ち着かない気持ちだった。6年半経った今、なにがちがうかといえば、ここらへんの不安定な気持ちが、やっと立ち直ったのだと思う。逆にいえば、6年半もかかったんだなと今更やっと理解する。

家族が倒れたときには、もちろん、かわいそうだし、大変だと誰もが思う。しかし、1ヶ月もしないうちに、ぼくらはこの現状を当たり前の日々として生活をしていかなくてはならないと自覚する。確かに当たり前のことだ。それ以外の選択肢はないのだから。こうやって無理にでも自分を納得させながら、不安定な心を押し込めながらの生活へと向かっていくのが本当の話で、そう簡単に、これが普通とは思えないのがぼくらの底にある意識だと思う。この心の立て直しには、人によって色々だろうけど、ぼくの場合は、かなり順調に行っていたけど6年半かかったということだ。もしかしたら、妻はとっくにクリアしていた心の課題を、ぼくだけがなかなか処理出来ていなかったのかもしれない。 続きを読む