月別アーカイブ: 2016年3月

花、はな、ハナ、華

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梅が春の訪れを予言してから、コブシ、木蓮、を皮切りに、様々な花々が一斉に開花する。この時期は、卒業、入学、就職、転勤、などなど、人の動きも激しくなる。以前は、自分自身、花や空や季節のことを気にしないで生活していたから、今はとてもいいペースで生活できていると感じる。これも、へんな話だけど、妻や自分自身が病気で体を壊したから手に入れられた環境だから、人生とは本当に面白いものだと思う。 続きを読む

あたりまえの奇跡

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毎年のことながら、桜の開花は嬉しいものだ。「あ、蕾が膨らんできた」「少し、花がはみ出してきた!」「咲いた!」「3分咲きかな〜」「満開だ!」と、毎年同じことをいうだけなんだけど、それでもうれしい。

桜のたびに、妻との桜のことについて考える。車椅子にのりながら、なんとなく30年前のことを思い出した。祐天寺に住んでいた頃のことだ。6月に生まれる長男をお腹パンパンにしながら、たまたま早く帰ってこれたある日、二人で夜桜を見ながら散歩した。蛇崩から中目黒へと裏道をゆっくりと、桜並木を選びながら歩いた。

桜の頃の夜桜は気分はいいが、思いの外、肌寒い。中目黒のガード下を歩きながら見つけたすし屋「紅池」というお店に入った。この時がはじめてで、そのあと数度行った程度だったけど、ぼくらにとっては、ちょっと贅沢なおすし屋さんで、印象にのこっている。 続きを読む

不自由から生まれる「気づき」

ここのところ、いい面構えが続いている。またテレビを見るのも、いつものあの穴があくような目つきがもどってきた。今日は食事中だったので、まずビデオを見ることにした。何にしようかと相談・・・(1)食後は眠くなっちゃうから、音楽がいいなら、玉置さんのシンフォニックコンサート (2)久しぶりにドラマ「相棒」 (3)見忘れていた家族に乾杯ゲスト斉藤 由貴。・・・一つ一つをゆっくりに、目をみながら質問していくと、3番で右目まぶたをパチリ。さらに確認すると、アゴをすこし上にむけて <うん> と返事をした。

妻は待ちくたびれて、自分が努力したほうが早いと判断したようで、おかげさまでぼくの指談は、成長しないままだ。指談と言えば、優さんたちが鎌倉で指談の講習会やる。もうちょっと暖かい時期なら、妻もつれて鎌倉までなんて素敵だな。

鎌倉は、ぼくの友人の作詞家が住んでいて、よく二人でいったものだ。友人の作詞家は、ぼくがスターダストレビューのディレクターだった頃に「ふたり」という名曲を書き上げてくれた。妻とも気があっていた親友のひとりだけど、もう10年以上あっていないだろう。今年は、ちょっと遠出して鎌倉まで会いに行くのもいいなぁ。人と人、一期一会、便利になればなるほど、忘れがちだけど、このように不自由な体を経験すると、ありがたさがしみじみとわかる。

ぼくらは忘れる動物だ。便利だと忘れる、調子いいとまた忘れる。まったくぼくらは忘れてばかりいる、そんな動物である。こうやって、不自由を経験することで、やっと今を大切に出来るようになった。今、ぼくができること、今、妻ができること、、、そしてぼくらは本来「存在」しているだけでいいということ。

今妻がここに「存在」していてくれるだけで、ぼくはうれしい。これが本当のことだろうと思う。そして体が動かなくてもできることがある。「感謝」すること、「思う」こと、かっこちゃんの白雪姫プロジェクト本に寄稿して写真をのせてもらい、ぼくらは6年かかったけど、ある程度のコミュニケーションを手に入れていることを「伝える」こと。端座位の大切さを伝えること。

みんな不自由を経験して、大切なものを手にいれる。
優さんは3月12日に鎌倉芸術館で「体当たり指筆談講習会」を行う。優さんご家族が全員で経験した「不自由」から生まれた大切なことが、この講習会になったのだろうと思います。

指筆談の前に「体当たり」がつくところがかっこいい。ちょっと目をとじてイメージすると指が折れてしまいそうに感じるが、その心配はいらない。優さんの指筆談は、会うたびにパワーアップしている。妻のところにきてくれるときには、もう普通の友達どうしの井戸端会議みたいなおしゃべりになっている。これはすごい。優さんや、柴田先生が、こうやって「言葉」を大切に扱って、引き出してくれるから、妻は自然に言葉をアウトプットできるのだろう。

そうだ、妻が外出できる時期になったら、妻もこのお手伝いができる。不自由で体がうごかないから、出来ることもあるかもしれない。

3/12(土)体当たり指筆談講習会 in 鎌倉芸術館 13:00〜16:20