月別アーカイブ: 2015年7月

新しい力

かっこちゃんのメールを見すごしていて、振り返ってよんでいます。そのメールでは妻の回復への祈りを集めてくれていました。この祈りというのは、本当に効果があって、思いがあつまることは、エネルギーがあるまるということで、それは感じられる・・・・と他界される前、松村先生も個人的体験として語ってくれたことがある。皆が思ってくれるエネルギーを感じることがあると。

妻が以前、優さんが指談で聞き取ってくれた言葉の中に、体がうごかなくなって、でも新しく得た力があると語っていたことがある。それは、人の気持ちがなぜか、すべてわかってしまう。人の心の中がわかってしまうということだった。彼女はそれを「新しい力」と呼んだ。脳幹が壊れてしまって、それは生命と直結している部位で、しかし生き残ったことで脳幹が敏感になっていて、そこが人の気持ちなどをキャッチするアンテナになっているのかもしれない。壊れたことで、閉ざされていた人の能力の蓋が、剥がれおちたのかもしれない。そして、そんなアンテナをもっている妻は、皆さんが送ってくれたエネルギーをキャッチし、順調に短時間で回復したのかもしれません。、、そんなことを思いながら、かっこちゃんのメルマガを読んでいました。 続きを読む

スッキリサッパリライフ

今日は朝から散髪でした。「3ヶ月ぶりなので、短めで。耳のまわりはさらに短くお願いします!」とオーダーしたその瞬間、妻は僕を上目遣いで睨みつけた。「あ、睨まれている。でもここで怖気ずいてはいけない。正しいことは、国民から反対されようが断行するのだ!」という思いはわかるが、本当に正しいことでなくてはいけない、などと思いながら、睨まれながら「お願いします!」と決断した。
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テレビ好き復活

昨日は、今回の妻の肺炎について院長先生にCT画像を見せていただきながら、今回の治療の流れと現在の状況を説明してもらいました。とてもわかりやすく、丁寧な説明で、この病院に辿り着けたことを改めて感謝しました。感謝するのは、この病院のスタッフや先生にはもちろんですが、ここに入院できるように導いてくださったのは、昨年他界された奥沢病院の院長、松村先生との出会いからでした。人は、本当に、奇跡のような出会いの連続と、縁をいただき、今があると思います。 続きを読む

歩幅

今日は13時に病院についた。病室にはいったら、ベッドの上にぶら下がっていたのは点滴ではなく、待望の経管栄養だった。「おめでとう!よかったね。待望の食事がはじまったんだね。これでグングン体力がもどるよ。あとは、尿の管さえとれれば、また端座位がはじめられるね。ご飯食べて、体力つけて、しっかりオシッコしてね。」と伝えて、経管栄養をしながら、「ホテルコンシェルジュ」の1話をスタートした。やっぱり、時代というのはどこかで繋がっているようで、新しいドラマは「今」を感じさせてくれるのだろう。いい目つきでドラマを見始めた。

昨日のテレビは「隠蔽捜査」からはじまったのだけど、途中で寝ちゃった。あれ?もう飽きちゃったか?面白いはずだがなぁ・・・と思いながら、それながら、気分を変えようと思い、「水戸黄門」90分〜からーの〜「ごきげん笑劇団」カンペーちゃんゲストバージョンという流れできている。やっぱり日本人は、義理と人情だよね。まぁ、どの番組でもいいのです。目をぱっちりと開いて、楽しく見てくれれば、それでいいのです。 続きを読む

興味という力

相変わらず顔色は青白い。その青白さの中に、一昨日より昨日、昨日より今日と、目の力が確実に出てきている。なんなんだろう?この目の力っていうのは、うまく言葉で説明できる形容詞がないけれど、確実にそうだと感じる回復を、この目は現している。

経管栄養を停止して10日がたつ。顔の目の周りとか、頬骨がうきたち、かなり削ぎ取られた感じがあるが、それはそれでなかなか美しい。そう思いながら、自分のお腹を見てみると、食べ過ぎ飲み過ぎだぞとはっきりした原因を自覚しながら、この膨れた腹をどうしたものかと考える。ぼくはともかくとして、妻にはそろそろ胃ろうからの栄養がほしい。明日までは、点滴の指示を先生がだしているようだから、明日、先生にお願いしてみよう。・・・と思っていたら、今、担当看護師さんがきて、明日、先生はいなくて点滴は火曜日いっぱいまで指示がでているということだった。

2週間か・・・なるべく胃ろうからの栄養補給に切り替えてほしいという希望が家族としてはあることを伝えてほしいと依頼した。最終判断は、医者としての判断に従う。しかし、ぼくはどうしても薬よりなるべく自然な形での栄養補給が望ましいと考える。もちろん、誤嚥リスクとのかけひきであるが、今まで、胃ろうからの逆流での誤嚥は、一度もないはずだ。しかしこれは、お医者さんの経験と過去データから導きだした判断に委ねよう。

「隠蔽捜査」の6話をみている。 続きを読む

人生はワンツーパンチ

倒れてから妻は白い肌になった。へぇ、こんな白かったんだなと思った。最初の頃のその印象は、血色がないということもあったのかもしれない。その後、意識不明者としてベッドの上だけで呼吸をし、当時は鼻から経管を通し栄養を供給していた。日光をあびることのない生命は、どんどん白くなっていった。そんな印象がある。手をとってみて、熱があるときは、うっすらと汗が手のひらに湿り気を与えていて、そんなときぼくはいつも、手のひらの皮膚の垢スリをしていた。この垢が代謝の証拠だと考えて、この垢をとれることが生命として生きている証拠だと感じていた。だから、ぼくは手のひらや足の裏の垢すりが好きだった。 続きを読む

今日のMENU

今日は目があいていた。目が閉じていても、きっとぼくがきた気配は感じているだろうけど、ぼくにとっては、やはり目が開いているのと、閉じているのとでは、まったく違う。どう感じるのかは、ぼくの勝手で、いつもぼくの気分にあわせてくれとは言わないが、でも、できれば目をあけてくれていたほうが楽しい。

目を閉じて開かなかった時期、かすかに開いてもどこを眺めているのか、まったく焦点があわない時期をへて、やっとテレビやビデオを見て楽しめるようになったのだ。さー、今日は、何を見る?たくさんあるぞ、「ホテルコンシェルジュ」「エイジハラスメント」「花咲舞が黙ってない」が新しいドラマシリーズで全部1回目、 続きを読む

しばらく「止まれ」の巻

「無常」についてよく考えていたのは、妻が倒れた頃だった。時間はとどまることはなく、流れ続ける、厚く覆われている雲の、そのまた空の上にはいつも星があり、月があり、太陽がある。そして、それは動き続け、変化しつづけている。目に見えなくても「兆し」はあり、そこに春がおとずれ、夏になり、いつの日か、しかし確実に実りの秋は来て、そして冬となる。

ぼくは、倒れてまったくどこも動かない妻と毎日向き合いながら、動きがやってくる日を待ち続けていた。 続きを読む

クール&ビューティー

ここ3日間、フューチャーマッピングセミナーやら、新事業の打ち合わせやらで病院へ行っていなかった。そんな昨日に病院から電話があった。打ち合わせ中だったので、出なかったのだけど、あとから息子からメールがきた。妻の熱がしばらく下がらず、食事カットして点滴をしているとの連絡だった。肺炎かもしれないなとのことだった。

4日ぶりに病院にきた。顔色はちょっと白っぽいけど、目の力はちゃんとあるから大丈夫だ。ぼくがきたら軽く挨拶してから目を閉じた。 続きを読む

朝大リハビリホッピー yeh!

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今日は4時起き、東京駅に6時過ぎにはついて、企画書提出者として朝大初回を立ち会って、そこから病院〜今、早めのおつかれ一人ホッピーという流れだ。いやぁ、いい1日だなぁ。

金曜日、月曜日と言語リハビリに立ち会った。文字盤をつかってくれているのだけど、本当に一歩づつだけど、リハビリのHさんも、一文字単位で読み取ってくれていた。まだ、文章にはなっていない。読み取っている文字も、間違っているかもしれないけど、それでも、以前、どれだか判別できなかったのが「これかな?」というレベルで読み取れているというわけです。

もちろん、まだ意思疎通までは行っていないわけだけど、これはとても大切なことだと思う。妻の場合、こうやって、ぼくがいない時にも、文字盤を練習できるということは、とても大きな意味がある。いろいろと、試すことができているはずだ。こうやれば、この文字だとわかってもらえるはずだ・・・でも、上手くいかない、ってことは、もっとこんな見方をしたほうがいいのかな?とか、あるいは、ここはブレずに、自分はちゃんと見ているのだから、相手がわかるまでやりぬこうとか、、、いろいろと、妻は妻なりに研究したり、方針をたてたりしているのではないかと思う。

リハビリが終わってから、二人で、病院玄関の軒下で30分ほど雨を眺めていた。若いころ、急にキャンプにいって、雨にふられて、店もなくて、やっと見つけた店には、お肉が売っていなくて、野菜とお揚げさんと、魚肉ソーセージの鍋をやったなぁ。・・・雨の思い出も、また楽しい。そうやって、しばらく、昔話をしてからベッドにもどった。

なんというか、妻の体は不自由になったけど、それも含めて、今のぼくらがいるという感覚がここのところある。倒れてから3〜4年は、どうしても、どうして?とか、考えてもどうにもならないようなことを、考えていたし、嘆いていたようにおもう。やっとぼくらは今のぼくらを、僕たちの今を生きていけるようになった。いや、僕らではなくて、ぼくがやっと、そんな風になってきたということだろう。妻はもっと前に、自分を受け入れて、今を生きていた。車椅子での散歩は、そんなぼくらの、ちょっとした楽しい時間だ。同じ環境、同じ景色でも、ぼくの心のもちようで、そのすべてが変わる。今は、いいバランスなんじゃないかな。