月別アーカイブ: 2014年12月

兆し

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久しぶりにいい感じの顔つきだ。しかし看護師さんに聞くと午前中は熱があったという。それでも大した熱ではなかったようだ。車椅子にのるか聞いてみると、かる〜く<う>と口をかすかに尖らせて返事をした。少し体温が高いなら、1分だけ外に行ってみようと寒風にあたった。鳥のさえずりと風の音。日向に出て1分体を冷ました。これは外に長くいると低体温になるだろうから、すぐさま引き返していつものデイルームへと移動した。

このデイルームはとてもいい。窓が広くて、サクラの木が目の前にある。世の中には兆しというものがある。冬はまだまだこれから2月へむけて厳しくなるけれど、冬至を境に1日ごとに日照時間は長くなる。すでに春の兆しが起こり、冬の後ろ側では春が人知れず勢いづいているのだ。このサクラの蕾は2週間前より確実に膨らんでいる。この寒風の中こっそりと栄養をためこんで、しらんぷりしながら蕾を太らせて、3ヶ月後にはほらねというように花を咲かせる。なかなか粋なことをする。

こうやって、寒い寒いと僕らが口に出しても何も変わらないことを、サクラの蕾は黙ってその目的にむかって底力を蓄えている。「兆し」とはこういうものだろう。妻はまだ何もできないけど、確実にその「兆し」を感じさせてくれる2014年だった。それは言葉で説明することではない。それぞれが肌で感じることなのだ。 続きを読む

マイペース

目は開いているけど、表情がいまいちだ。体温を計ってみると4度9分。やっぱり低体温だ。こうなると、どうも気力が出ないのだろう。なにを言ってものってこない。あいうえおボードなんて、まったく見たくない感じだし、筆談の練習は、布団を深くかけたままではできない。まずは、体温確保が先決だ。こうなると、あとは、孫の動画で軽くジャブをうち、気持ちをあげてから、ドクターXの10話~最終話となだれこむという作戦しかない。

まず、ジャブは大成功だ。孫がアナ雪のテーマ曲を歌っている。。♬自分なの♬~はい、もう一回♬自分にゃの♬~はい、こっちむいて~♬自分なのなの♬~・・・という20秒ほどの動画だ。やりたい気持ちはよくわかる。ただ、メロディも歌詞もまちがっている。
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妻からのプレゼント

近しい方が他界し、しばらくドタバタしていて、病院にこれなかった。人は身近な人の死によって、成長するということがあるのではないかと思う。僕が最初にみた亡骸はおばあちゃんだった。悲しいという感情は特になく、不思議という感覚だった。声をかけても返事をしてくれないのだ。なぜ、昨日までそこにいた人が、今、身体はここにあるのに、いなくなっちゃんたんだろう?っていう感じだったと思う。

動物たちの別れ方は、こういう感じなのかもしれない。この時の感情に、名前がついていないのだ。ただ「?」という感じなのだろう。そこに「悲しみ」という名前をつけると、それは「悲しみ」になる。しかし、名前をつけようが、つけまいが、強いショックの伴う出来事だ。 続きを読む

愛の挨拶

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妻のいる病院は、毎年この時期になると、演奏会がある。入院した2010年の12月は、入院したばかりで、こういうイベントをやっているとは知らずに、見過ごしてしまった。たぶん、妻は見ているはずだけど、もしかしたら、まだ体調が安定していなくて、演奏会には参加できないで、ベッドにいたのかもしれない。

翌年、2011年にたまたまこの演奏会に遭遇した。特別上手いわけではないのだけれど、それ以上の愛情を音から感じとることができる素敵なコンサートだった。きっと、誰しもそれは、受け取っているのでしょう。もともと、音楽とはそういうものかもしれません。そんなことを思ったことをよく覚えています。 続きを読む

タイムカプセル 1972

ぼくは自分のことを、中心がよじれているということは自覚しています。今でも、どうせ長生きするなら、ずーっと生きて地球の最後を見てみたいと、よく妻にも話をしていました。久しぶりにあった友人に、だいたいの人は、「お前、変わらないなぁ」って言われることが多いものだと思います。

もちろん、成長という意味では変わっているし、成長は老いへと続き、ある一時を過ごしたこの世をいつか旅立つことになっているわけですが、小学生のときの友人に、変わらないなって言われると、なんとも成長がないような気持ちになるものです。

しかし、自分の真ん中にある、なんだか、いつも言われることの反対方向へと心がつい向くというクセは、今でも治りません。いつも、反対に歩いて行きたくなるのです。これは、習性というか、クセみたいなものです。でも、最近ずっと思うのです。どうやったら、いわゆる「素直」になれるのか?と考えたりします。難しいのです。 続きを読む

あいかわらず、筆談はすすまない。一瞬わかるような気になるときもあるけど、わからない。しかし、もともと、僕があまりわからないことはわかっていたことだから、気にしないで続けている。しかし、ここのところ、目の動きが一段と良くなったように思うので、文字盤パネルを作り直してトライしてみることにした。しかし、これもあんまり上手くいかない。そもそも、僕が妻の見ている場所をうまく理解できない。まったく、使い方やコツをちゃんと調べるべきである。

テレビを途中でバチンと消したりすると、すごい勢いで睨むくせに。あの目つきで文字盤を睨んでくれれば、ぼくもわかるのになぁ。一度、怒らせてみようか?とか、いろいろ計画してみよう。

それで今日はいったいどうしたいの?車椅子?端座位?テレビ?と聞いてもよくわからない。もう一度ゆっくり訊ねてみると、車椅子のところで強い意志を感じる瞬きがあった。そうだね、ここのところ、僕が忙しくなったのと、低体温のこともあり、あまり車椅子にはのっていなかった。今日は天気もいいし、体温も安定しているので、寒いけど少し外に出てみようと公園にでて日向ぼっこ。 続きを読む

出会いの連続が創る「今」

今日は3ヶ月に1回あるカンファレンスでした。いつも院長先生、各担当スタッフに集まっていただき、現状を教えていただく。そして、こちらからの、要望などを聞いてくれる。全員が妻の反応が出てきていることを認めてくれていて、言語リハビリは体調がいい時にはとても頑張っていて、とくに今日のリハビリのときはとても良く口を動かしていようだ。

みな、反応があると嬉しいのだろう。やりがいもあるし、心が通じたと感じる時もある。それが、病院スタッフの喜びだろう。こうやって、その感覚を共有できる場があり、本当にありがたい。そして、こうやって、反応が出てきたことを認めてもらえることで、またこの病院にいてリハビリを続けることができるのだ。 続きを読む