月別アーカイブ: 2014年6月

「関わり合いの場」としての病院

おとなりの、おばあちゃんの家族がすばらしい。いつも、入れ替わり立ち替わり誰かがくるのだけど、全員、愛を感じる。当たり前だけど、心の底から妻を、母親を、おばあちゃんをそれぞれが、それぞれの立場から愛していることがとてもよくわかる。みんな、おばあちゃんは、目があいていないと、聞こえていない、わかっていないと思っているようだけど、そこだけは違うんだけどなぁ・・・と勝手に思いながらも、聞き流している。

今日は、妻がたいへんいいお顔をしていて、調子がよく、端座位中にも、左腕をぐいと動かしたり、足に力をいれてみたり、とにかく、動きがどんどん力強くなってきている。スイッチの練習は、8月になってからスタートしようと思っている。気力が充実しているときには、コントロールできる範囲が確実に増えて来ている。焦らず、状況を見ながら、またスイッチセットをレンタルしようと思っている。

最近の妻は、みなが意識があることを認めてくれているし、言葉を理解していることも、なんとなくそうなんだなと理解してもらっている。ステージがワンステップ上がったわけです。しかし、いつもかっこちゃんが講演会で話しているように、医療の現場での常識としては、遷延性意識障害は治らないというのが常識だし、きっとわかっていない、意識がはっきりしていなくて、言葉を理解はしていないだろう・・・というような気持ちが前提としてあることも、事実だろうと思う。常識とはそういうものだし、これを責めることは誰にも出来ない。

そういう意味では、この病院では目の前の事実を事実と捉えてアプローチしてもらっているし、最初の頃の、「本当はわかっていないだろうけど、わかっていることを前提としてアプローチしてあげないといけない」・・・という<義務感>を前提としたアプローチから「あ、本当にわかってるんのね」・・・という<自然体>でのアプローチへといつのまにか変わって、本人も大変ここちよい日々に変化しているように思う。

このことは、いつも心にひっかかっていたのだけど、それは言葉で説明するものではない。肌で感じて、自然とアプローチがかわるように、これは実は、患者側も同じように心の中で思っているのだ。ちょっと気にかかるのは、若いスタッフが、そのおじいさんや、おばあさんの世代に対して、子供をあやすような言葉づかいをすることがあるのだけど、これはどうも、僕には気になって仕方なかった。その心の底には、きっと、どうせわかっていない・・・って思っているのか?あるいは、しゃべれない、何も出来ない人へ対しての、傲慢な気持ちの現れだ。年上、人生の先輩に対するリスペクトが前提にあって、身体はうごかない、言葉は伝えられないけど、それぞれに、気持ちがたくさんある患者さんの、心の声を聞く事はできなくとも、寄り添って、聞こうとする姿勢から、互いの関係性というものは生まれるのだろうと思う。

少しだけそんなことに気になることがあって、昨日、妻の入院しているフロアーの看護師長さんと話し合った。この方は、いつも誰にでも安心感を自然に与えることのできる人で、いつもしっかりと対応をしてくれる。普段からのこの姿勢が、ぼくらに安心感を与えてくれるし、何より大切な互いの「信頼感」を育ててくれる。ぼくはちょっと気になることがあって「きんこんの会」の話しをした。心がある、気持ちがある、でもコミュニケーションが出来ない人たちの、本当の気持ちを知ってほしい。妻をふくめた、入院患者さんたちはみな感謝をしている。それを前提として、よりよいコミュニケーションを築いてゆきたい・・・という気持ちで、柴田先生の話しもして、きんこんの会の紹介をした。

とても積極的に興味をもってもらえたので、今日は、きんこん通信と、みなが書き上げた、きんこんの会の声明文を病院にもっていき、みなで読んでほしいと手渡した。もともといい病院だけど、もっといい病院になれる。それは、技術ではない。勉強ではない。心構えからだろう。一方的ではいけない。ぼくらも、しっかりと自分たちで出来る事は少しでもやるという心構えで、やっていかないとと思う。

病院にものを言うのは、少し憚れる。そもそも、僕だって、妻がこうなるまで、考えたこともなかった。さらに、きんこんの会と出会わなければ、自分の中にも、こんな明快な意見はなかっただろう。それに、なんというか、僕も病院サイドからは嫌われたくないし、めんどくさい人間だって思われたくない。でも、もう十分めんどくさい人になっているだろう(笑)しかし、よりよい関係になるためには、コミュニケーションを、会話を、気持ちをちゃんと伝えて行かないと、よりよい関係にはなれない。互いの理解が少しでも、近づければいい。面倒なことを言っているのかもしれないけど、少しでも「関わり合い」について考えるきっかけになってくれればうれしい。

まじめな顔して、あしたのジョー

今日は午前中がリハビリだったので、昼食が少し遅い。じゃぁ、食わず嫌いでも見ながら食事をしてもらおう。これ、大好きだったもんな。病院スタッフと打ち合わせをしているうちに、あっというまにとんねるずの番組は終了してしまった。さてさて、今日は朝からDVDを何も焼いていない。だから、先日100円で購入したDVD「あしたのジョー」を病院に持って来た。まぁ、きっと興味ないだろうし、このアニメはきっと見てはいなかっただろうな。しかし、僕らの時代としての認識はあるはずだ。

この時代のアニメの主題歌は印象的で面白い。「あしたのジョー」作詞は寺山修司だ。サンドバッグに浮かんで消える、憎いあんちくしょうの顔めがけ たたけ たたけ たたけ・・・・これがまた、尾藤イサオの歌唱がすごい。ミュージカル風に歌うのだけど、きっと歌入れの時に、アクションをつけながら歌っているに決まっている。そして、途中メロディーの流れがガラっと変化して、「だけど、ルルルル ルルルールルルルー」と、ひみつのアッコちゃんのように一瞬にしてなってしまう。これは衝撃的だ。だけどって、何でルルルなんだよ・・って、ツッコミながら聞いていたっけな(笑)その上、曲調をすぐにもどしてきて、急に、最後は「明日は、どっちだ」と、この「どっちだ」を大げさな二泊三連でしあげて曲を終える。ドラマチックだ。 続きを読む

リハビリ嘘つかない

今日は言語リハビリに立ち会った。先日、担当のHさんがベッドサイドまできてくれて「ここのところ、目のまわりの表情がとても豊で、声かけに対して、返事をしてくれて、とても動きがいいんです。お口の動きも積極的にアプローチしてくれます」・・・というお話しを聞いて、ぜひ立ち会いたいと思っていた。

野菜や果物の絵カードをみながら口を動かす。
「りんご」「なす」・・・・すごい、積極的にアプローチしていて、目で文字や絵を見て、その言葉を口の形で表そうとしていることが、はっきりとわかる。この病院にお世話になって3年8ヶ月。当初は遷延性意識障害という中でのリハビリスタートだったから、この反応が起こる日のことは、実は誰も予想していなかったのだろうと思う。予想していたのは、きっと僕と、奥沢病院の院長の松村先生と僕の気功の先生くらいだっただろうと思う。

本当にうれしい。昨日も書いたけど、かっこちゃんのフレーズ。脳幹出血の場合は、ゆっくりだけど、どこまでも、どこまでも、回復していく・・・は、まさにその通りだと実感する。 続きを読む

Just do itな人々。

今日は熱が7.6度、でも目をしっかりあけて挨拶してくれた。何気なく手をとると<ほら、こんなに動くんだよ!>・・とでも言うように、力を返してきた。すごい!今日のこの握力と腕の力は、一段とパワーアップしていて、<わたし、力を入れられるようになったの>・・・とハッキリトと意思表示しているとわかる。それも、以前のような一発芸でなく、連続技だ。継続的に力を入れたり抜いたり出来るようだ。

この力を発揮しやすい、腕の角度のようなものがあるみたいだ。ちょうど腕相撲のような角度で、連続技を繰り広げた。これは、周りからみると意味不明だろうけど、僕らにとっては、とても大きなニュースで、一大スペクタクルとでもいうようなダイナミックな動きだ。

かっこちゃんが言っていたけど、脳幹出血は、ゆっくりだけど、どこまでも、どこまでも回復していく病気だって。この表現はとても素晴らしい言い回しで、どれだけ力強く感じたかしれない。その上、宮ぷーは、その先頭をいつだって切り開いてゆく。 続きを読む

コツコツコツ

顔をみた瞬間に「力強い!」と感じる時がある。今日はそれだ。
やはり目に力が宿っている。ほお、口元、目の周りと、それぞれの筋肉がひきしまっていて、顔全体が凛々しい。まだお昼ご飯の経管がつながれているから、これからお白湯がはいるのか?どうなのかというタイミングだから、まだ車椅子には早すぎる。しばらく消化の時間をおかなくてはならない。

しかし、こんなスッキリした顔をしているのに、何も出来ないのはつまらないだろう。では、大好きなバラエティ番組でも見ながら、食後を過ごしましょう。。。と、モヤモヤさまぁ〜ずを見始める。
このキリッと、凛々しいお顔で、この番組を堂々と見ている辺りに、何故か凄みを感じる(笑)

妻は、倒れてからしばらくは辛そうだったけど、ここのところは体調が良さそうだ。もちろんどこも動かないのだけど、アルコールは控えているし、栄養バランスもとれた食事を規則正しく毎日3度いただいている。食事は胃に入れているから、ちゃんと胃で分解し腸で吸収し、血管は身体全体へ栄養分を送っている。肌のつやも、倒れてからのほうが健康的に感じる。問題は、しゃべれないことと、動けないことだけだ。だから、この全身麻痺という障害以外では健康といえる。 続きを読む

散歩はまったり、バラエティはパッチリ

今日は眠っていたから、また目が開かないかな?って思いながら、顔を覗き込んだら、びっくりするように目を見開いて、口を<うー>と挨拶してくれた。なんだろうな、あのビックリしたときの目の見開き方。なんでビックリしたのかな?

「車椅子のる?」と聞いてみると、久しぶりに<いー><うー>をやってくれるのだけど、かなりこの口の形は大変そうで、とても下手くそだった。ある一時期、とても得意だったのに、どうしてこんなに下手くそになったのだろう?他はどんどん上手になっているのに、口だけ下手くそになった。こんなこともあるのだな。とにかく、車椅子には乗るとの意思表示だったので、すぐに車椅子へと。

でも、今日は暑いから、外は無理かもな・・・と思いながら、散歩にでた。ちょうど、曇っていて、少し風があるから、まぁ、なんとか少しなら外にいてもいいかなと公園に出てきた。しかし太陽のパワーってすごくて、日差しがあるわけではないけど暑い。とくにアスファルトの照り返しが暑い。木の力も偉大で、木陰に入るとスッと涼しくて気持ちいい。

妻はしっかり目を閉じている。。。・・・いつもこうだ。車椅子に乗せろとと、ぼくに命令しておいて、乗ると眠る。ぼくが話しかける言葉は、きっとどこか遠くに吹いている風のような感じで、聞き流されている。 続きを読む

色々な思いが、ここにある。

きんこんの会は、いつも素敵だ。この会に参加すると、いつも神社にいる気持ちになる。不思議だな。これは障害をもっている人たちの精神が、あの場を清めているとしか思えない。國學院大学の410教室は、みなの力でいつのまにかパワースポットになっているのだろうと思う。

最初に見学に行った時に、この神社感覚がやってきて、なんか不思議な気分だったのを覚えている。昨日は友人に手伝ってもらった。友人は初めての参加だったけど、とても気に入って「これは素晴らしい。また手伝いたいから声をかけてくれ」と言ってくれた。そして、僕がきんこんの会はいつも神社に来たときの気分に似ていると話すと「あー、なるほどな。それわかるわ。」と、自然に同意していた。

昨日も初めて参加した、子供から親への感謝のメッセージから始まった。本当にうれしくてもらい泣きしてしまう。前回もこのシーンがあった。本当、このことは、もう毎回参加していると当たり前のシーンだけど、これがどれほど大きなことか、経験しないとわからないだろう。感動の涙で夜の隙間から光が差し込んできた瞬間に僕らは立ち会っているのだ。これはすごいことだ。もちろん、柴田先生はいつものポーカーフェイスでニコニコ翻訳をつづけているだけだ。まったくすばらしい会だ。

妻は前回にも自分は何も話さなくていいと思っていると言っていたけど、本当に、何も話すつもりがないようだった。しかし、司会の方が、妻のことをよく覚えていてくれて、なるべくみんなの色々な意見が出たところで、自分たちの母親以上の年齢の、中途障害の立場の妻からの意見が聞きたいから、病院の時間もあり、途中で退出するけれど、その前に必ず発言をしてから退出してもらいたいと言ってくれました。なので、妻はちゃんと会話しなとと思いながらも、きっと妻の思いは、自分が時間を費やすより、子供たちがみな活発に会話し、意見をぶつけ合っている場にいるだけで、満足だということだっただろうと思います。 続きを読む

目と遊ぶ日々

時々、目が開かない日がある。何故かはわからない。今日は目が開かない日だった。しばらく、眠っているまま1時間ほど手足のマッサージをして、まったく目が開かないから、つまらなくて起こしてみた。うっすら目が開いたので、端座位やる?と聞いてみると、かすかに<うー>と返事があった。これは、確実にYesの合図だけど、本当かな?

またすぐ目が閉じちゃったけど、端座位をやってみるといつものようにしっかりと座れた。しかし、相変わらず目は閉じたままだ。なんだろうな、この目があかないのって。いつものように、意地悪・・・でなくって、かっこちゃんから教わった、グイーングイーンをやってみる。

いつもなら、これで迷惑そうな顔をして目をあけて、僕をにらむ。・・・今日は、目が開かない日だ。何をやっても目があかない。これでは、どうしようもないと横にもどそうと思ったときに、看護師さんが歯磨きにやってきた。端座位状態のほうが、口が開きやすいから、座ったまま歯磨きに突入した。口はしっかりと開き、歯の裏まで歯ブラシが入り、磨きやすいと看護師さんも評価してくれた。しかし、目は開かない。

あれー、眠ったまま、目がさめていないまま歯磨き終わっちゃった。なんやかんや25分の端座位を終えて、横にもどった。いつもなら、目を閉じていても、この横に戻した瞬間にしっかり目をあける。今日は開かない。 続きを読む

チン トン シャン

image
三味線の構えが決まらない。どうも違う。「違う」ということだけはわかる。そう言う意味では進歩はあるのだが、歯がゆいもので、どうもどこかがうまくいかない。「松の緑」の前奏部分は弾けるようになった。しかし、どうも元気が良すぎる。なんというか、やかましい。

こうじゃない。例えば、トチチリ トチチリ トチチリリン(イヤ)・・・のところの最初のトチはしっかり弾いて次のチリは、撥を皮まで降ろさずに、弦だけをやさしく弾きたい。でも、それが出来ない。これは、これ以上我流ではなく、基本の構えや、撥のにぎりをやり直さなければならない。

でも、なんとなく、ヒントはつかめたように思う。あとは、試行錯誤しながら、身体にしっくりとくる方法を探すしかないのだろう。 続きを読む

どうぶつの勝ち

僕らにとって今日は最高の天気だ。久しぶりのお散歩日和。
残念ながら、小雨が降っているので、病院の軒下で風に吹かれることにした。
しかし、軒下だけだとどうもつまらない。軒下でおもしろいのは、もっとザーザー降りの雨の時のほうが面白い。ちょっと中途半端だなということで、いつものデイルームへと移動。

DVDプレーヤーと、DVDーRを数枚持って来た。「志村どうぶつ園」「コロッケさんの番組で、ゲストが藤あやこさん」「モヤモヤさま〜ずinハワイ」「弱くても勝てる〜最終回」「世界一受けたい授業〜でんじろう編〜」とメニューたっぷりだ。選択肢が多すぎるのも大変だから、志村さんかコロッケさんかの二者択一とした。DVDーRを2枚、上下に離して目を下のほうで見つめればコロッケさん。目を上に見上げれば、志村さんというわけだ。 続きを読む