月別アーカイブ: 2014年5月

ありがとう、娘と孫と木村くん。

買い物とかあまり好きじゃないけど、プレゼントを選ぶのは楽しいものだ。
妻専用のポータブルDVDプレーヤーがたった3年ちょっとで壊れちゃったので、新しいものを買いに来た。色々あって迷うけど、やっぱりシンプルなものがいい。でも、せっかくだから画面サイズをワンランクアップしよう。楽しみもアップするはずだ。
購入したいと思ったタイプのものが、お店の在庫データにはあるのに、商品が見当たらないという。そりゃぁ残念だ。30分も考えて、どうーしよー、どーしよー、やっぱりこれだ・・・と、決めたものがないなんて悲しい。では、この展示されている現品をいただけませんか?と交渉してみたら、2千円引きで購入することができた。わーい。やっぱり、決めたものが手にはいるのはうれしい。

そんなちょっと嬉しい事がありながら、病院への道のりもなんだか楽しいもので、さー、あいつどんな顔するかな?画面が大きくなったらきっと嬉しいだろうな。さーって、何を見せようかな?なんて、ウキウキしながら病院に到着したら、お熱があって、ちょっとぐったりさんだった。

・・・とテーブルの上をみたら、こんなのが置いてあった。 続きを読む

カサカサカサカサ

昨日は結局、KANちゃん見ながら眠っちゃって、端座位にはたどりつけなかった。今日は端座位をやってから仕事に行こうと病院にたちよったら、もうリハビリをやっていた。リハビリあとは、すぐ昼食だから、それなら「花咲舞」というわけだ。昨夜、病院がハネてから、帰宅して食事をしていたらちょうどオンエアーだった。あぁ、水曜日なのね。あぁ、日テレなんだ。・・・などと、初めてわかった。

昔々、ぼくは日本テレビ音楽という会社にいて、ドラマの主題歌やら劇伴(ドラマの背景音楽)などを制作していたから、たまにドラマを見ると、音楽制作費が少なくなってきているんだろうな、だから作られているバリエーションが限られている中で音楽効果をつけているな・・・などと、思いながらドラマを見ていたりする。一種の職業病のようなものだ。

さて、このドラマ。水戸黄門ばりにパターンが決まっている。だから、ある意味、問題が起こる所まで見れば、あとは見なくてもいい。でも、印籠が出て来るところまでは見ておきたいのが人情だ。何故だろう?もう分かっているのに、たどり着き方、プロセスを知りたいのだろうか? プロセスを一緒に体験しながら、悪役の「参った」というやっつけられたときの顔を見たいのだろうか? そんな僕って、意地悪じゃないだろうか? それとも、思考停止状態の心地よさをただむさぼりたいのだろうか? 人間って考えない状態って、なかなか作ることが出来ない。どうしても考えてしまう動物なのだ。 それを思考停止状態にするときの気持ちよさって、瞑想などがそうだけど、うまく行くと、かなり気持ちがいい。そういう意味での思考停止状態を、ドラマを見ていることによって、作りだしているのかもしれない。・・・そんなわけないか(笑) 続きを読む

記憶のチャンネル

花咲舞さんのことが好きみたいだ。
ご飯たべながらでも、しっかりと1時間食い入るようにドラマに釘付け!
これ、水戸黄門みたいだから、はっきりしていて面白いんだな。
これは、今後もしっかり録画しておこう。

ドラマが終わって「面白かったの?」と声をかけると、
即座に <うー> サインをくれた。

「ハハーン、これ水戸黄門みたいなものだからな、白黒はっきりしてスッキリするよね」
<うー> 「そんなに気に入った?」 <うー、うー、> 「OK!」 続きを読む

スピードは遅いけど

今日は、昨日とうってかわって、湿度のある一日だった。
ある方の納骨に立ち会い、それから病院へと行ったので、妻は僕がこないかなと思っていたようだ。昨日から、今日はこれないかもねと言ってあったから、そう思っていたのだろう。ただ、やっぱり端座位だけでもやりたいと思い、病院へと行った。

アイスコーヒーを数滴飲んだあと、端座位を40分ほどやった。端座位をとった瞬間、左腕が動いた。両手をひざの上に置いたのに、左手は自分でひざの上から外側へと手を外してみせた。これは一発芸で、何度もは出来ないけど、きっとあと数ヶ月すると、2回、3回と出来る技へと変化していくはずだ。この人は、そうやって、人知れず、技を磨いているのだ。 続きを読む

風に吹かれて

ミーちゃん

ベストポジション

爽やかな風にふかれて、公園でゆっくりと2時間過ごした。
今年のように、これほど多くの時間を、このように気持ちよく過ごせたことは初めてだ。もちろん、妻が倒れてから初めてだけど、そう言えば、こんなにゆったりとこのような環境の中で二人で時間を贅沢に共有するということ自体、初めての事ではないだろうか。毎年、5月ってこんなに気持ちよかったっけ?・・・もちろん、気持ちのいい、清々しい日というのは毎年ある。しかし、こう毎日のように、こんなに贅沢に「時」を過ごせることは、初めてのように思う。

ひとつは、妻が安定し、ぼくがお気軽な感じで、ゆったりした気持ちで過ごせているということも関係がある。僕は会社を辞めてから、草花、季節の移ろい、などがやっと普通に目につくようになった。自然の変化は変わらない、僕自身が変化したということだ。仕事をしている時は、目の前の変化に目を向けることもなく、頭の中は仕事だけで満たされていた。そう言えば、この事は、先日のきんこんの会で、妻がみんなに暴露していたっけな。目は必要最小限の情報のチョイスだけをして、かなりの情報は切り捨てられていった。いつも頭の中は仕事と妻のことだけが、行ったり来たりしていた。そうやって、身体を壊していったのだろう。

仕事を辞めてからの1年で、人生の景色がガラリと変わった。やらなくてはならないことが、妻のことだけになったのだ。優先順位がシンプルになった。その隙間に季節も入り込んで来た。やっと普通の感覚で、この5月を楽しめるようになったのかもしれない。 続きを読む

恋人

今、代々木上原で恋人のバイバイをみた。デートが楽しかったのだとわかるバイバイだ。

たまたま出発時間の調整で、ホームの彼と電車側の彼女は、話の内容と、別れ際タイミングをはかっていた。思いたっぶりの2人にとって、この微妙な 時間はまだ楽しむ段階には行っていないようだ。互いにはにかみながら、その時を待っている。タイミングは難しい。

そして突然、ドアは閉まるのだ。

タイミングを測っていた二人は、残念そうな表情と、今日の嬉しかった気持ちをのせて、きっと特別な笑顔で、ドアの窓越しに手を振りあった。

見つめ合う2人。小田急車両は容赦無く動き出す。愛する2人を引き離す、冷酷な小田急線だ。

赤か白かはしらないけれど、目と目でつながる糸が、どんな粘着性をもってしても、距離は引き裂かれ、2人のアイコンタクトが外された。

何だかホットしたような彼女。
しかしその2秒後、彼女は後ろ手でバックのポケットからiPhoneを取り出した。

おい、おまえ。
まだ2秒しか時間が経過しとらんぞ。
そんなに一緒にいたけりゃ、また終電前だろ?あと一本一緒にいてもいーのではないか?

携帯電話がなかった時代の僕としては、2秒後のメールに一体何を記入したのかなんてわからない。それなら、一緒にいればいいじゃん。

3分後、顔の筋肉の使い方が変わったけと、恋は女性を美人にするんだなと思った。

これは、男の役目だね(笑)
頑張れ彼。笑顔のままで居させることは難しい。でも、そうあるといいな。

僕は妻のお陰で、それを気遣える。普通、それは嫌だけど、僕の場合はそれが嬉しい。

人間は勝手なものさ。
でも妻には笑顔をもっと上手に出来るようにしてもらおう。

力自慢

最近の妻は、たまにだけど、ちょっと自慢げに手を動かす時がある。
昨日も思ったけど、どうも左腕、左手のほうが神経が先に繋がっていっているようだ。
首はもっとはっきりと力を入れられるようになって来ている。

ここら辺が、言葉の難しいところで、僕が毎日4年間つき合っている妻のレベルと、通常の人間がこの言葉からうけとるイメージには、とても大きな差があるだろう。しかし、それでも「はっきりとした力」と言いきれるレベルの動きが出て来ている。

今日は病院到着が夕方だった。最近、ゆっくりドラマを見れていないから、ドラマ2本をDVDにして持っていった。「花咲舞が黙っていない」と「110キロ刑事」だ。これはどうも面白かったようで、楽しそうに2本立てを楽しんでいた。 続きを読む

歌が生まれる時

妻と言葉がかわせなくなってから、4年以上の時間を過ごした。
妻が倒れてから、自分の中で涙が言葉に変わっていった。
それが、「ベッドサイド」であり「夢の雫」であり「僕たちのルール」(これは息子に歌ってもらったので、未発表です)という歌になった。
そして、かっこちゃんと知り合い、ブログを書くよう進めていただき、それからは、毎日言葉と向き合っている日々だ。

以前、杉田二郎さんが45周年記念アルバムを制作することになったときに、全曲きたやまおさむ作品で歌いたいということになった。このとき、きたやまさんの「言葉」と向き合う姿勢、それは自分自身との対話であり、自分の人生の道筋を確認することであり、「言葉=自分の感情」と正面から向き合うことで、きたやまさんは「言葉」で、そして二郎さんはその「言葉」にメロディーにして歌う事で、互いに人生を次のステップへと脱皮していったことを、レコーディングを通して垣間みることができた。 続きを読む

のんびりびりびり、ゆっくりくりくり

この時期を満喫しましょうと、今日もまた公園でスヤスヤやりにきた。気持ちよすぎる。ハワイみたいだなと思いながら、久しぶりにホ・オポノポノの本を読みながら、公園ですごしていたら、まやちんから「これから清美に会いにいきます!」・・・とメールが来た。妻にこのことを伝えると、スヤスヤさんだったくせに、すぐに目をあけて反応した。

ほら、またでた。僕じゃつまんないけど、まやちんなら面白い。いじけるぜ、まったく・・・と思いながらも、いつも本当にありがたいと思う。友達ってのはいいもんだ。でも、あったら、くやしいから八つ当たりしてやる。

今日は病院に早めについたんだけど、いつもなら、食後のスヤスヤさんなのに、お目々パッチリで軽く挨拶をいただいた。
<う>ってやってくれた。光栄です。 続きを読む

無防備な君

こんな気持ちいい日はそうないだろう。
気温はあるけど、カラッとして風はとても爽やかだ。
妻をつれて、ハワイにはいけなかったけど、こんな時間を過ごせるなら、飛行機に長く乗らなくてもいい。風は少しあるけど心地よい。

今日は先生の初七日だ。先週の土曜日の夕方、旅立たれた。感謝してもしきれないけど、その思いは僕らの人生とともにある。妻とそんな話しをしながら公園の木陰で、2時間過ごした。最初の40分ほど、端座位状態で背中を背もたれから離していたので、たぶん疲れたのだろう。風の気持ちよさとともに、途中から目を閉じて、そのまま眠ってしまった。背をもどしてからも、スヤスヤと眠っている。なんだろう?この無防備な状態。

無防備とは信頼である。赤ちゃんは、人間も動物も、ほとんど無防備だ。それはきっと、親はすべて信頼していい存在なわけだから無防備でよい。妻はこの身体になったことで、全ての人を信頼するしかなくなった。先生や看護師さん、ケアーの方々、リハビリの担当、、、そのすべてを信頼する存在として生きている。これは考えてみると、相当、腹がすわったすごい人生だ。 続きを読む