日々の中のBeautiful

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ここのところ「Life is beautiful」な日々を過ごしている。昨日はLife is beautifulのCDマスタリング作業を行い、夜はそのCD資料文章を書いていた。そして、今日は、こんな穏やかな素晴らしい天気だ。

妻といつもの公園でこうやって、日向ぼっこをしながら、ぼくはベンチでこの文章を書いている。日向にいると、少しあついから、木陰にはいる。でも、そうすると、ちょっと寒い。だから、今は、車椅子の角度をすこしゆったりとさせて、胸までは木陰に、そして、腰から下は日向にいるように調整している。ところが、すぐ陽ざしの角度は変わり、ちょこちょこと、ポジションを調整しながら、ベンチで文章をかいたり、車椅子のポジションを変えたりしながら、もうかれこれ1時間ほどいる。

なにもしないことなんて、つまらないと思っていたけど、そんなことはないと知る。
いやまてよ、でもこれは条件が揃っているからだよな。今は、このひと時以外に何もいらない・・・と思うけど、実は、陽ざし、気温、湿度、そよ風、妻のここちよさそうな表情、と、すべてが揃っている。

贅沢とはいったい何かと考える。こんな時間をすごせることはとても贅沢だけど、それに気づくことこそが一番大切なことなんだろうな。最近のLife is beautifulな日々は、そんなことを気づかせてくれた。

妻は気分がよさそうな顔で、目をとじてひんやりとした風と、あたたかな陽ざしを楽しんでいる。
太陽の恵みとはよくいったものだ。今日はここで、ただただ、陽ざしとそよ風を楽しもう。


日々の中のBeautiful」への2件のフィードバック

  1. CH

    西嶋さん、初めまして。2年前に母が脳梗塞で倒れ、心肺停止から遷延性意識障害となり、日々悲しみに沈んでいました。その後、西嶋さんのブログを知り、今では大きなパワーを貰っています。急性期病院から転院しなければならない事に納得のいかなかった父にも、西嶋さんのブログを見せ、病院と父の板挟みになっていた私の辛い気持ち等も理解してもらえました。本当に感謝しています。
    少し前の話しになりますが、このブログで西嶋さんがエリザベス・キューブラー・ロスの本を紹介していたと思いますが、タイトルを見る限り、とても辛くなる様な内容なのではと思い、まだ手にする事が出来ません。どの本から読むのがお勧めでしょうか?これからも前向きに明るく母の看護をしていきたいと思っています。どうかご教示宜しくお願いします。

    返信
    1. t.nishijima 投稿作成者

      コメントありがとうございます!

      病院事情については、これは体験した方でないとわからない辛さがあります。しかし、必ず、その時のベストは常に選べるのだろうとおもいます。現代の仕組みがこうだから仕方ないということも確かにあります。ぼくも、そうでした。でも、いつも、どんな時も、その時のベストというのは、トライしてみる価値はあるとおもいます。その「ベスト」がどんな形なのかはわかりませんが、その状況の中で真剣に考えることで「ベスト」は生まれます。そして間違いなく、その瞬間の「ベスト」が「ベスト」で良いのだと思います。

      エリザベス・キューブラー・ロスについてですが、彼女の著書は彼女のベストの積み重ねです。中には悲しい物語があります。しかし、その中でとてもポジティブなイメージな事実も書かれています。タイトルがとっつきにくい、いやなタイトルです。たぶん、これもわざとだと思います。

      人は「臭いもに蓋をしたい」という意識があります。見たくないんです。しかし、彼女は、どんどん死に近い子供たちのそばへと行きます。そして、何が一番大切なのかを考えるのです。その中で、死期が近い人たちのインタビューを、病院の中ではじめます。それを学術的な場で、公開していきます。「生の声」を聞き「死」ということは、期限のある「生」であるということを、明確に感じるような会話が現れます。しかし、そこに、いろいろなパターンがあります。

      ぼくが一番印象的なエピソードは、、、もう10年程度前に読んだ記憶で、いい加減な記憶なので、かなり違うストーリーになるとはおもいますが、今、ぼくの中に残っている記憶は・・・・4歳くらいの男の子が、死が確定して退院します。家に帰りたいからです。そうして、家に帰って最初の希望は、自転車に乗ることでした。親に買ってもらった、あの自転車に乗りたかったのです。

      父親にガレージの上にあった自転車を取り出して、補助輪を外してもらいます。男として補助輪はつけてはいけないのです。そして、見事に自転車を乗ります。

      もちろん、すぐに疲れてしまいます。しかし、彼は、自転車に補助輪なしでのりました。そのあと、男と男の話し合いをします。弟と二人だけの、男と男の会話を、自分の部屋でしたのです。

      その内容が、ここには書かれていました。

      「いいか、男は、補助輪なんかつけちゃダメだぜ。」
      「うん」
      「わかったのか?、男は補助輪はだめだ!」
      「うん」

      みたいな、会話だったとおもいます。
      そして、お兄ちゃんは、静かに息を引きとります。

      ようするに、人間は「やり残し」にとても大きく反応するという話でした。
      彼は、自転車をのることで、人生を全うしました。
      そして、その教えを弟へ伝えたのです。

      逆にいえば、そのことが、命を長くしました。

      私の妻のことでいえば、たぶんですが、息子たちの成長を見届けたいという一心で、
      生き残ったのだろうとおもいます。まず、間違いないとおもいます。

      ぼくらは、この本を一緒に読んでいたので、私は、延命措置はとりませんでした。
      しかし、妻は、それでも生きることを決めました。
      とても、大変な道のりですが、これは妻が決めたことです。
      それを歌にしたのが「夢の雫」です。
      https://www.youtube.com/watch?v=LkroQujetQk

      エリザベス・キューブラー・ロス は、かなり珍しい人生を送っています。
      晩年は、脳溢血で、とても苦しんだ生活をしたそうです。
      しかし、彼女の書いた本を私が好きなのは、死を怖がるのではなく、
      死と向き合うことで、生を見つめるという精神があったと感じたからです。

      その本気が、このタイトルになったのだろうと思っています。
      うまく、回答できたか、どうか、不安ですが、私のあの本にたいしての感想でした。

      2年というのは、他人には長くても、身内には、あっというまのスピードで過ぎていきます。
      1日はやることが多く、なかなか、進まないし、長いのに、2年は短いのです。
      このアンバランスな感覚の中で過ごすことは、なかなか理解してもらえないから、とても大変だろうとおもいます。

      ちょっと、ベクトルが変わってしまうのですが、ブライアン・ワイスの「前世療法2」というのがあります。最近、この方面はビジネスにつかわれていて、ちょっと危ない部分もあるのかなとおもいますが、この本自体は「読み物」として面白いです。

      そして、その「考え方」も、いいと思っています。
      「前世療法2」があるわけですから、もちろん「前世療法」があります。そして、3作目として「魂の伴侶〜ソウルメイト」というのがありますが、「読み物」「物語」として、楽しく読めるのは、2かなとおもいます。

      へー、まじ?・・・みたいな、感覚で読んでみて、それからだと、エリザベス・キューブラー・ロスの本は、どこから入ってもいいかなとおもいます。

      すべて、信じる必要もないし、参考としてみる。そして、自分として、考えてみる。ということで、よいのだろうとおもいます。そういう意味では、「唯識」も、とても心が落ち着く、仏教心理学です。広がりすぎました。このへんで。

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