散髪と世間話し

今日は朝から散髪。ここは、毎月2回理髪店が入り、予約で散髪できるので本当に助かります。最初の頃は、自分で無理にやってみて散切り頭にしてみたり、知り合いのプロに来てもらったりと、、、散髪との格闘は、とても大変だった。今はこうやって2ヶ月に1度のペースで散髪している。

妻は元々ロングヘアー派で、腰まで髪があった。そのまた以前はいろいろだったけど、15年前に抗がん剤治療で、ハゲ頭になったときから、生還したときから、髪の毛が愛おしくて、その後10年ほとんど揃える程度のカットしかしなかった。そして、その10年したところで倒れてしまった。

最初の病院で、お風呂にいれるのを手伝ったときに、これは髪の毛を洗うだけでも、とても大変な負担を周りのスタッフの方々にもかかると実感して、バッサリと切る決断をした。

当時、まったく無反応だった妻に、この決断をゆっくりと説明して同意を促した。もちろん、無反応だから、どうだったかはわからないけど、ちゃんと丁寧に説明したので、理解してくれただろうと思って実行した。

この病院にきた最初の頃は、首はダランダランで、力がまったく入らなかったので、散髪時に首を支えているのも楽だった。ところが、端座位を初めてから、みるみる首の筋肉が使えるようになっていったものだから、気をぬくと、首をグイッって動かすから、危ないこともあった。

今日も、カットしている人を確認しようと、首をすごい力で動かそうとするのだ。ぼくは、目の前で「あのね、危ないからやめてくれる?まかせてね。」というと、<パチリ>と返事をするのだけど、しばらくすると、やっぱり、首を動かしたくなるようで、力が入る。

これは、先日、柴田先生が来てくれたときに判明したのだけど、どうも、意識的以前に、防衛本能として、ちょっと視界の外から近ずいてくる気配に対して、反応してしまうのだと言っていた。このととを、散髪してくれている方に伝えようかと思ったけどやめた。柴田先生の話や、指談の話は、初心者にいきなりしても「この人、何言っているんだろう?ちょっと、おかしいかも。」って思われて、きっと笑顔で「そーですかー、それはよかったですね。」と言われて、きっとその次には、静けさが訪れると想像される。だから、ぐっと堪えて「最近、首の力が入るようになってうれしいんですよ」と当たり障りない会話でとどめた。

相手は「あー、奥さんもこんな人生になって、かわいそうですね」となり、ぼくは、また妻に言葉があることを言いたくなったけど、ぼくももう大人になったので、「そーですね。それでも、この状態の中で、日々努力していて、こうやって、首が動くようになったりするんですよね」・・・なんて、返事をした。きっと、妻は<あなた、何言ってんの?ちゃんとガツンと言ってよ!>・・・なーんて、思っているのかもなぁって(笑)

いいさいいさ、他人に認められるためにがんばるわけではない。いつだって、妻は妻自身をよりよく生きるための努力を、そして、ぼくはぼく自身が成長していけるように、がんばるのだ。最近読んだアドラー心理学の本にそう書いてあった。人は他人とつい自分を比較するけど、ぼくは彼ではないし、彼はぼくではない。妻は妻であって、妻の人生を生きるのだ。それでいいし、それしか出来ない。

こんな、散髪の朝でした。


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