当たり、ハズレの法則

桜の季節をすぎ、そして雪。春の空も、秋にも増して気まぐれだ。今朝、雪を見て思い出した。あれは確かぼくが小学2年の頃だったと思う。4月のある日に雪が降った。ぼくは、なんとも思わなかった。どちらかと言えば面白いと思っていた。ところが両親が怒っていたのには不思議だった。まったくバカ雪が・・・などと、普段は無口の父が怒っているのでびっくりした。

ぼくはなぜ天気に怒る?怒っても何も変わらないし、怒るという行為に対して、まったく不思議だった。何故?何故?何故?・・・と、心の中で思っていた。だから、その瞬間をとても覚えている。

ぼくは天気も台風も、それは仕方ないし、公害さえも仕方ないと思っていた。仕方ないというのは、無気力というわけではない。天気の場合は、雨がふらなければ作物が育たない。晴ればつづければ水不足。ようするに、人間の都合として、丁度良いのが好きなだけで、天気はそうはいかないもんねと思っていた。幼稚園の年少さんまで世田谷の環七近くに住んでいたぼくは、小さい頃、小児喘息だった。ちょうど東京オリンピックなどがあり、高速ができて、車が急速に増えて、たぶん空気が相当悪かったのだろうと思う。幼稚園の年長さんのときに、日野市に引っ越して、知らぬ間に喘息は治った。それでも、たまに光化学スモッグ注意報などが発令されていたこと覚えている。

小学生低学年の頃の僕の思想は、公害にしても、そもそもそれは人間の仕業だ。それを人間がダメだといっている。では、なくす努力をすればいいだけだ。人間を自然の一部と考えれば、あのヘドロでさえ、自然の一部だと考えてもいいと思っていた。人間を自然と分けるから、人間の仕業は自然ではないということになるようだ。どうも、ここのポイントが腑に落ちない・・・と、考えていた小学生低学年だった。

この考えは、今でもかわっていない。良い、悪い、はいつも何を基準にするかでかわる。学生に教える音楽ビジネスの授業でも、いい音って何?悪い音って何?と聞いてみたりする。それは、クラシックのなめらかな心地いいストリングスの調べはいい音で、ロックミュージックの歪みのあるギターサウンドは悪い音だ、、、というような人はいないだろう。前者が好きで、後者は嫌いとか、あるいはその逆であるとか、好き、嫌いということはあるだろうし、あっていいことだ。でも「良い」「悪い」とは、「何」に対して「良い」のか?、「何」に対して「悪い」のか?、この「何」を決めないと決まらないのだ。

絵画であっても同じだろう。プロデュース方針が、油絵のこってりしたタッチで描かれる人物画・・・となっているところに、気持ちの良い水彩の風景画をもってきたら、おい、何聞いてんだ?となる。それは、基準を決めたらことからいえば、悪いわけだ。

戦争でもそうで、英雄はだいたい多くの人を殺している。それで勲章などをもらう。殺された側の人からみると、憎しみの対象となる。かたや「良い」結果を残した英雄であり、かたや、残忍な行為を実行した「悪い」人となる。これも、どこから見たか?「基準」がどこからかでかわるのだ。

ヘドロだって、自分たちで嫌われたくて出現したわけじゃない。人間が作り出していったのだ。小学生のころから、こんなことを考えているもんだから、なかなか結論がでない。だから、いつも集団で誰かの味方になって・・・というのが苦手だ。どうしても、相手の立場も考えてしまうのだ。まったくやっかいな性格だと自覚している。

しかし、そんなごちゃごちゃ考えて生きてきたわりに、妻のことは何も知らないまますぎていったように思う。妻のおじさんの葬式にいったり、妻の母親の見舞いにいったり、妻の親友と会ってみたりして、あぁ、この人はこういう人だったんだなぁ、、、と思う。なにも知らず、何も考えずに結婚したが、今さらながら、当たりくじを引いていたと知る。

恋愛でも結婚でも、してみないとわからないものだ。最初は自分のいいところしか見せないようにするものだから、それが全てだと勘違いする。しかし、子供もうまれ、環境はガンガン変わっていく。結婚気分は、新婚旅行までで、あとの人生は2人乗りから3人、4人とジェットコースターのような遠心力を伴うカーブの連続で、まわりの風景はどんどん激変していく。だから離婚もあるし、再婚もある。そかし、いま立ち止まってみてみると、まったくラッキーなことに、当たりくじを引き当てていた・・・と今さら思ったりする。足掛け30年だ。鈍感もここまでくれば、自分でも笑える。

いや待てよ、「当たり」「ハズレ」の基準はどこだ?30年も分かられなかった妻にとっては、ぼくは「ハズレ」じゃないか。これは参った。いや待てよ、30年も気が付けないってことは、それは「ハズレ」とも言えるのではないか?いやいや、30年も経って「当たり」も「ハズレ」もありゃしない。喧嘩両成敗・・・いやちがう、とにかく、基準はどちらからも「当たり」ということにしておこう。ぼくも大人になったものさ、無難な決着だ。

そんな妻の最近の目つきがすごい。気合が入っている。今は「花嫁のれん」の最終話を見ているから、なおさら目が鋭い(笑)これは、毎日やっていたから、たぶん60話くらいあるはずだ。よく見たものだ。そういえば先日のお出かけ予定日は、実は朝から気合が入っていたと、先ほど看護師さんから聞いて知った。お出かけのために、朝食から時間を前倒しにしてもらっていて、一人だけ朝5時くらいに早飯だ。経管栄養をつなぐとき、すでにやる気満々の目だったと言っていた(笑)さてさて、今年のお出かけ白雪姫のデビューはどこにしようかと思って計画中だ。妻のやる気が充実するようなお出かけを、今年はたくさんしよう。


コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です