ベッドサイドからの景色(2)

ベッドサイドへ通う毎日は、夢の中を歩いているようだった。
夢といっても悪夢なのか、現実なのか?なんか、地に足がついていないというような感じなのだ。昨日まで当たり前だったものが、今日はもう何もない。どうして?とつい思ってしまう。そう言えば、父が他界したあと、母はいつも父が座っていた椅子にむかって、「ねぇ、おとうさん。あぁ、居なかったんだ。ははは」 といつもそこに居たはずの父に、つい話しかけるということがあった。そのときに、妻は生きているが、母もこんな感じだったのだろうな・・・と思った。

気管切開手術を受けることを決定したのは2月25日、主治医の先生と話をして決めた。
病状は最低限の処置で安定していて、命の危機からはひとまず脱したと考えていいとの事だった。
この段階では、気道確保の太い管を口から気管へ入れているが、これはいつまでも続けるわけにいかないといいうことだった。また自力だけで呼吸しても、酸素吸収能力に限界があるため気管切開手術をうけることにしました。肺炎の悪化を防げるし、本人も楽に呼吸ができるというメリットがあるとの説明をうけた。
ただし、すべて良い事だけでなく、気胸になる危険性もあるとのことだった。
週明けすぐ3月1日には手術となり、気胸の問題もなく手術は順調に行われた。
口いっぱいにほおばっていた呼吸のための太い気道確保チューブがなくなり、少し楽になったように感じる。
「ノドに穴あけちゃったけど、まっ許せ。こっちのほうが少し楽になるはずだよ。」と声をかけた。

この頃は、毎朝病院へ行ってから出社していたが、目を閉じたままの妻は、このまま植物状態の一生なのか?と不安な日々を過ごしていた。この頃に書いた日記を見つけた。目を開けた瞬間を、日記に記録していた。
3年ぶりに読み返してみたが、このときの喜びはいまでもはっきりと覚えています。

<2010年3月5日の日記/妻が目を開けた日>
3月5日(金)、この日のことは一生忘れないだろう。
薄く目が開いたような気がしていたが、まさかそんな早く、、、先生だって、一生このまま目が開かないかもしれないって言っていたし、気のせいかな?と思っていた。この日、朝から足のマッサージをしていた時のこと、「あれっ?あれれっ?おい、清美!それ目開いてるんじゃねぇの?」ってわけで、いきなり目を開きました。もう「バンザーイ!バンザーイ!」「ねぇ、ほら、見て、これ。目、開いてるよね?ねっ?ほら、ほら」と涙がボロボロ溢れ出す。若い看護師さんたちの前で、ボロボロ泣きながら声をかけました。皆に見てもらいたかった。君が目を覚ましたことを全員に知ってほしかった。まず、基輝、悠生にメールした。

<3/5 10:12 息子たちに送信したメール>
目をあけた! 
見えているかどうかは分からないけど、しっかり目をあけました! 
一回まばたきしてとリクエストしたらやりました! 
明日、目をあけた清美にあえるよ!日野には今夜くる?明日くる? 
\(^O^)/

次に会社の人たちにもメールした。会議に遅刻してしまっているけど、もう少しベッドサイドに居たかった。清美の九州の友達にもメールした。清美のお兄さんに電話した。清美のおじさんに電話した。私の友人たちにもメールした。とにかく、
みんなに知ってもらいたかった。この日、目を開けた清美に祝福のメールが鳴り止まなかった。
皆がくれたメールは、清美が目が見えて、読めるようになったら見せてやろうと永久保存版にした。

<祝福メール永久保存版>
やったあ 凄い 清美さんもだけど西嶋さんの愛情も凄い 
届いたんですよ(^O^)  感無量です\(^-^)/  おめでとう 
これから春だから新陳代謝も上がり、必ずいい方向にいくはず 
諦めず元気になった清美さんを強くイメージしてください 
私も元気に退院することを信じています ☆わたなべなつみ☆

西嶋さん、本当に本当によかったですね 昨日西嶋さんに連絡しようと思ってたところで心配していましたので最高に嬉しいメッセージです。これか らのリハビリも大変でしょうが喜びのリハビリだと思いますので頑張ってくださいね。私に出来ることありましたら何でもおっしゃってく ださいね。またご連絡させて頂きます。宮崎都

よかったですね。本当に目で会話ですね。 まずは、開かれ一歩ですか。 
リハビリがんばってください。 かたやま

おめでとうございます!他に言葉が見つかりません。当分気が抜けないとは思いますが、
西 嶋さんも体調にお気をつけください。遠くから応援しております。 翁長

よかった! きっと全快なさいますよ。 ほんとによかったー  小笠原

おはよー♪ 清美さんも貴丸くんも頑張ったね よかった~ ま た会いに行きますね♪ Machiko
やりましたね メールを見て寺本さんに伝えながら涙ぐんでしまいました ほんと、嬉しいです。 糸賀

よかったです~o(^-^)o  メールありがとうございます。 
待ち遠しい瞬間でしたね。ホントよかったです。目覚めた時にご主人いてよかったですね。
清美ちゃんも嬉しかったはずです。 私も早く清美ちゃんに会いたいです。 道岡

そりゃすごい! 早速、今日いきます。 楽しみだ。 藤勝

本当に!?すごい! 日野には明日行きます! 意識があるってことなのかな??
目もずっと閉じてたからまだ眩しくて見えないのかもね!早く見えるようになるといいね  ゆうき

驚きました~。昨日の夕方のニュースで 昏睡状態だった人が 三週間後に目覚めた話を聞き
清美ちゃんもそれくらいなるのかな~と思ってそろそろ起きてくれるのでは?と思ってた所でした。
本当に良かった!V(^-^)V  新田裕美

本当によかったね。着々とキセキが起こってるね。今度は楽しみに行きます。行方

やったね よかった その病院にいる間に目をあければそこでリハビリができるはず。
他にいかなくてすむのではー またいきます  まや子

基輝からは、電話があり。仕事を早く上がり、のんき、悠生と本日、病院へ向かうとのこと。
さちこママは、メールを見て夢かと思ったと電話があった。
健二おじさんも、心配していたので、希望が見えたと喜んでいた。
秀則兄さんも、本日、母親の病院へ行くので、報告しますということだった。
みなさん本当にありがとう。目に見えない力が清美を支えてくれている。

この日は、因幡晃さんの神奈川県民ホールでのコンサートだった。
昼間にメールもしていたがコンサート前に間に合いそうだったので、すぐ横浜へ行き楽屋を訪ねた。
心から喜んでくれた。人は本人の知らないところで、本当はいろいろな方々に支えられているのだと感じながら、感謝の気持ちでコンサートを見た。隣に清美がいればいいのにと思いながら。


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