ぼくらの端座位ライフ

ここのところの、端座位&首の運動は、安定感のあるプロフェッショナルの域に突入している。まぁ、端座位のプロとか、首の運動のプロという人に会ったことがな~いので、プロフェッショナルの定義というのはないのだけれで、顔つきの話である。

顔つきがいい。
いつもの無表情の中にある不敵な面構えとでもいうのか、貫禄がある。これがプロっぽいということにつながる。

しばらく、端座位をしていると、自分から頭を前にポンと投げ出して、トレーニングをはじめる。以前は、ガクンと頭が落っこちていたのだけど、最近は、首の筋肉の使い方が上手になっていて、ソフロランディングするのは当たり前。時には、頭が倒れる途中で、しばらくキープしたり、様々なことを試しているようです。

ベッドのの端に座り、北側の窓から、空をみあげる。いつも同じ空だけど、雲の形がちがったり、今日は風がつよくて、上空には黒い雲の勢力と、白い雲の勢力があり、その間を青空が川のように流れている。

端座位は毎日だいたい20分程度を目安にやっている。疲れたかなと思ったら、最後い首のリフトアップ運動をしてベッドに戻る。今日は、昨日、OAしていた大阪のMBSラジオ「森川美穂のあなたが愛したラブソング」という番組を聴いている。最近ってすごくて、オンエアーから1週間以内なら、どの番組も聴くことができるシステムがある。もう世の中はどこまで便利になるのだろう?人間は便利が大好きだから、この流れはとまらないだろう。

でも、便利は無駄につながるし、もったいないこともたくさんでてくる。このバランスを考えていかないと、きっと人間は自滅していくのではないかとも思う。どこかで、目的がすり替わってしまっているのだろう。いつのまにか目的が「便利」に乗っ取られて「便利」が優先されていく。目的そのものではなく、目的に似ていればよくなってくる。気をつけないといけないな。

妻はそんな世界とは無縁だ。
自分のイメージトレーニングと、ぼくが来た時の、端座位リハビリをしっかりやっていく。それだけだ。近道も便利もない。もちろん、病院にいさせていただけることは、ぼくにとっても、妻にとってもこの上なく助かるし「便利」な機能が、病院の中には満載だ。

ふーむ。漠然とこの中で生きているけど、その意味や、ありがたさなども、もう一度しっかりと考えていかないと、知らぬ間にバランスが崩れていく危険性がある。

森川さんの声は30年前の我が家では、毎晩のようにレコーディング途中のラフミックス音源が流れていて、妻もよく聴いていた。そして一番身近な素人の耳、、という意味で、感想、意見、などを訊いていたから、きっとなつかしくラジオを聴いているだろう。

危なっかしい暴走気味のトークを、ベテランアナウンサーがどうどうどう、と、話を収めながら進行する。いい感じのライブ感だ。そして歌をうたうときは、しっとりと歌う。面白い。

さぁ、今日は、これから素晴らしいオペラ歌手の方のレコーディングだ。ラジオが終わったら、スタジオへ向かおう。現代版道成寺みたいな、とっても、恐ろしい歌をつくっている途中だ。
楽しみだなー。

2月13日で妻が倒れて丸7年。よく生き残った。よく努力した。やっとぼくらのペースが出来た。
こうやって、ラフミックスなんかも聴いてもらうことが、できるようになった。元どうりの生活にはもうもどれないが、戻ることが目的ではない。新しい世界を切り開くのだ。ぼくらの新しい形、新しい生活のあり方に向かっているだけだ。

去年は、スターダストレビューと白井貴子さんのコンサートに行った。
今年もコンサートに行けるといいな。


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