「思い」から生まれるもの

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白雪姫プロジェクトの本が出来上がった。意識障害の方の回復と意思伝達方法についての本で、なんとタイトルが「白雪姫プロジェクト本」・・・このストレートさが、かっこちゃんのすごいところだ。ぼくがこの本を手にとって最初に思ったことは、この場合の「本」は「ボン」と濁らせて発音するのか?あるいは、声に出す場合は「本」の前に一拍休符を設けて、濁らずに「ホン」と発音するのだろうか?・・・なんていうことだった。かっこちゃんの顔が浮かんだ・・・あぁ、きっと、どっちでもいいんだろうな。スッとそんな風に思って、気がついたら笑っていた。

ぼくは専門学校でミュージックビジネスという講義をするときに、「思い」を「行動」に移すことの大切さをテーマに話すことが多い。そもそも「歌」というものは、そうやって出来上がっている。「思い」のない作品なんて存在しないだろう。それがなければ、作品を作るという「行動」はうまれない。

かっこちゃんの「行動」する力にはいつも度肝を抜かされる。そして、その「行動」に触れると、どうも連鎖が生まれるようだ。ミラーニューロンが動かされるのかもしれない。かっこちゃん方式の宮ぷーリハビリを体験してから、ぼくは妻の端座位をはじめた。フェイスブックでチーム宮ぷーの飛騨高山へのドライブを見て、妻のお出かけは始まった。ようするに「やってみよう!」って「思った」から、端座位も、お出かけも、出来るようになった。とてもシンプルだ。

それまでは、まさか自分たちで妻を車にのせて外出するなんて夢にも思っていなかった。無理だと思っていたというより、外出なんて考えたことすらなかった。ところが、白雪姫プロジェクトに出会い、優さんに出会い、柴田先生に出会い、イベントへ行ってみると、そこにはいつも、大勢の人が車椅子で参加していた。気管切開していて吸引が必要でも、みんな普通に外出してきているではないか。「あれ?なんか、出来るかも」って「思った」から、外出ができて、花見をして、スタレビのコンサートにも行けたのだ。

「思う」ことのエネルギーはすごいものだ。「想像」から「創造」が生まれるのだ。今回の本は、かっこちゃんのシンプルな「思い」から生まれた1冊だ。そこに参加できたことは、とてもうれしい。ぼくなりに「端座位」について感じたことを書かせてもらいました。

掲載ページに妻との写真をのせてもらった。以前柴田先生がいらしてくれたときに、妻にブログに写真をのせてもいいか聞いてみたら、写真を何かに載せるときには、ちゃんとメイクしてからという条件だった。女性としてはそうなんだろうな。そして、この写真を撮るために、優さんがメイクしてくれた。妻が障害をもってからはじめて2ショットの写真をとることができた。ぼくにとって、特別な1枚となった。

優さんも「行動」の人だ。いつ、どこにいるの?というほど、日本中をかけまわって、指談を伝えていらっしゃる。「行動」の人というのは「思う」からはじまるのだ。伝えられる可能性があるのに、知らないことでコミュニケーションがとれない人たちがたくさんいる。「思い」は伝わると、指談という方法を伝え行脚している。

妻に今日、本を見せた。ぼくらの経験が、誰かに伝わる役にたてたら幸せだと話をした。妻は写真をじっと見つめていた。どんな「思い」が生まれただろう。その「思い」が、まぶたを、口を、指を、体を動かすエネルギーになる。


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