「大切」なこと

今年のお出かけ2回目!昨年から持ち越していた、妻の若き日々の仕事先のお店のママのお家へ伺った。このお店はもう43年くらいになるはずで、今もお店はやっている。いわゆるスナックバーである。Snack Barというのはいったいどういうのをいうのか?調べてみると、飲み物以外に軽食=スナックを提供するバーということで、スナックバーということだそうだ。そしてカウンター付きの飲食店と書いてある。たしかに、ぼくらはそのカウンターで知り合った。

当時ぼくは、日本テレビの「魔法シリーズ」と呼ばれるアニメの主題歌やBGMを制作する担当をしていた。「魔法の天使クリーミーマミ」からスタートして、その次が「魔法の妖精ペルシャ」だったのではないかと思う。その「魔法の妖精ペルシャ」の主題歌を歌ったアイドルの女の子のアルバムレコーディングをビクタースタジオで行っていて、そのレコーディング終わりにビクターのスタッフやエンジニアたちと食事がてら立ち寄ったのがこの代々木にある「DO」というお店だった。この時は、みなでワイワイ飲んでテーブルに座った。食べ物がとても美味しくて、皿うどんや、からし蓮根などが当時はあって、あぁ、九州の人がやっているのかな?などと思いながら、その後、一人でたちよることが多くなった。

当時は、なぜか一人でフラリと飲みに行くのが好きで、代々木は乗り換え駅でもあったので、ちょいとあの九州の店にでもよってみようと一人でお店へいくと、当然カウンター席ということになった。いつもママが出迎えてくれて、ウイスキーのボトルをキープしておけば、かなり安く飲めたこともあって、早めに終わることができる日はこの店によることが多くなっていた。このお店は当時は、業界の溜まり場みたいな場所だったので、行けば誰かに会うということもあった。レコーディングスタジオの関係者、ビクターの制作や宣伝やエンジニア、キャニオンのディレクター、いろいろな人とここであった。ちょっと隠れ家的な場所と雰囲気があったからか、歌手も数名、常連が多かった。

カウンターの一番左はじに座って一杯飲んでいる時に、はじめて妻とあった。当時の妻は人気者だった。誰からも「清美ちゃん、清美ちゃん」とちょっとした地下アイドルだった。店も地下にあるので、たしかに「地下アイドル」だった(笑)妻は16歳の夏からこの店で買い物や、料理や、配膳を担当していたそうだ。九州から東京に出てくるにあたり、親族であったママをたよってこの店ではたらいていたのだ。仕事は午後買い物に出て、夕方仕込みでお店にはいり、だいたい店が終わるのが毎日夜中の3時頃だった。

このお店のオーナーであったママと妻とは、おばあちゃんが姉妹というふた従姉妹という間柄だ。しかし、小さい頃は一緒に生活していたこともあり、妻の眉間の今でも残っている傷は、小さい頃、赤ちゃんだった妻のこもりをしていたママが、落っことして石に顔をぶつけて切った傷がこの傷だと言っていた。そんな、大家族のように暮らしていた時代があったようだ。

ママも一昨年に脳梗塞を患い、右半身麻痺だ。右麻痺ということは左脳の障害だから、こちら側には言語野があるから、言葉もまだスムーズにはいかない。そんなお世話になったママのところに、妻はしゃべれないながらも、自分から出向き、お見舞いに行った。

ぼくは去年の秋からこの「お見舞い大作戦」を実行しようと考えていたのだけど、ちょうど秋口に柴田先生が来てくださったときに、妻が「外出は暖かくなるまで行きたくない」という意思表示があったために、ペンディングにしていた。寒くなってくると、どうしても低体温の日が多くなり、そんな中で外出を寒い日にしてしまうと危ないと感じていたようだった。それで、この「お見舞い大作戦」はあったかくなってからということで、とにかく皆が集まれるスケジュールを調整してきた。

連休中のこの時期が、お店もお休みで、今お店を取り仕切っているママのお兄さんご夫婦もいれるということで、昨日は、ママの母、お兄さん夫婦、ママとご主人、そして弟さんと全員集合して、妻のことを待っていてくれた。ママが家にもどるにあたり、車椅子で入れるようにバリアフリーに改築してあったので、妻は車椅子のままスムーズに家の中に入ることができた。

二人とも言葉はない。ただただ無言で見つめあっていた。たぶん、言葉がたくさんしゃべれたとしても、その思いというのは、言葉では言い尽くせないものだから、この「無言」であることが、二人の再会にはふさわしいと感じた。あるいは、無言ですべてを表現していたのかもしれない。

妻はこの体になってから、人の気持ちがすっとわかるようになったということを、先日お優さんがきたときに指談で言っていた。それを倒れてから得た「新しい力」と表現していたけど、きっと、ママと妻は互いに、その「新しい力」が強くなっていて、無言で十分に気持ちを交換できただろうと思う。

改に人間ですばらしいなと思った。こうやって、生きている間に顔をあわすことの大切さも同時に感じた。手足はうごかなくなったけど、こうやって人間として生きているだけで、顔をあわすことができる。気持ちを通じ合わせることができる。すばらしい瞬間を迎えられた。ぼくが指談ができれば、もっともっと盛り上がるのになぁ・・・と思いながらも、まずはこれでいい。直接あって、目をみつめあえることができれば、こんなに素晴らしいことはない。

倒れてすぐに見舞いに来てくれたときのママは、仕事もハードで疲れていた。もう5年前のことだ。そして、今の病院にうつってからは、ぼくがママを家まで迎えに行き、車で妻の病院に何度も来てもらった。そして、ぼくもたまに、代々木の店に飲みに行って、妻の状況などを伝えていた。それでも、まだ今のように妻には表情がなかったし、うっすらとでもわかる返事もなかった。だから、こうやって、妻がやってきたことは、ママにとっても奇跡的なことだと思っていただろうと思う。

今回は妻の親友のまやにも同行してもらった。2時間半ほど、昔話やらを、みんなでワイワイと話をしている中、妻とママは無言でその話の輪の中にいた。ままは時折、「きよみ」と声をかけてくれた。2時間を過ぎた頃から、つかれが出て、目が閉じ気味になってしまったので、今日はここまでとお家を後にした。こうやって、人と会うことの大切さを、しみじみと感じた一日だった。どうも、今回のこの「感じ」は、うまく言葉にはできない。今日は本当の「大切」とは何かなと思い巡らしている。大きくを切り、それでも守るべきもの。「大切」かぁ。。。

生きていると、楽しいこともあるし、辛いこともある。生きていれば、両方経験して、またこうやって会える。たとえば、これかな。


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