親友

昨日、優さんが来てくれました。
妻は、倒れてから何人か友達を作りました。倒れてから3年をベッドで過ごしたのち、52歳を過ぎて、守本さんご夫妻とは出会い、奥様の優さんとはあっという間に親友になりました。

ベッドで生活している人たちにとっては、特別な出会いですが、一般的な目からすると、風変わりな友達ばかりです。妻の友人は、ほかには、国学院大学の柴田先生と奥様。だいたい同世代の友達で、みんな音楽好きなこともあり話があいます。

この出会いは、白雪姫プロジェクトのかっこちゃんからのつながりで広がった出会いですが、妻にとっては、まったく不思議な出会いだっただろうと思います。2013年の春、ぼくが会社を辞めたことをきっかけに、動く範囲が仕事以外へとどんどん広がり、そんな中で障害をもつ方々のつながりで知り合っていきました。 続きを読む


カモン!コブシ

昨日、街中を歩いていたら、コブシが満開に咲いている木を見つけた。おいおい、知らないうちに、こんなに満開か?とびっくりした。病院前の公園のコブシはどうだろうか?今日は天気もいい、風はつめたいけど、日差しが暖かいから、外に連れだせそうだ。午前中に、お墓参りと買い物をすませて、そのまま病院へ。14時到着。

ベッドサイドに顔をだすなり「おい、車椅子のるぜ!」と言うとかすかに目で「わかった」と返事をした。あいかわらず、せっかちな人だというような、ちょっと迷惑そうな顔をしていたけど、天気と気温、風の具合の条件がそろっている、気にしている暇はない。日差しの時間は短いのだ。とっとと、ぼくのジャンパーを着せて車椅子にのっけた。 続きを読む


オモテナシ

5日ぶりの病院。
毎日来ていると、あまり歓迎されないけど、このくらい久しぶりだと、けっこう歓迎してくれる。しめしめ。これもいいものだな。今日の歓迎は、特別な技だった。

左の親指を大きく動かすという動きを披露してくれた。これはすごい。しばらく、見とれていた。はっと思い、携帯ムービーを構えたら、そこからはパッタリ出来なくなった。ぼーっとしている間に、力つきてしまった。

息子たちはなかなか来れないから、ムービーにとってこんなこと出来たと見せたくなる。本当は、見せれても、見せられなくても、本質は変わらないから、それでいいんだけどね。カメラにとるより、その事実をじっくり見たほうがいいと思うけど、見せたい気持ちもある。欲張りなのかな。

これが出来るようになったということは、日々、妻は妻の中で努力をしているということだろう。ちゃんと、自主トレをしているのだろうと思う。

いつの頃からか、言葉もわからなくても、それはそれで、成立しているからいいやという気分になっていたんだけど、最近、たまに何かを訴える目をしたり、口をモゴモゴしたりする。何をいいたいんだろうなぁ。やっぱり、こういうときに、一家に一台、もれなく、柴田先生や優さんがいるといいんだけど、そうはいかない。

きんこんの会にもしばらく行けていない。やっぱり言葉がわかるとうれしいだろうな。今度、優さんにきてもらって、もう一度、指筆談ならおう。妻も、日々努力している。がんばろっと。


8年目の握力

今日、妻の左手に「握力」と呼んでいい力で手を握り返してくるとこうことを3度も体験した。また左腕全体で、力をかけてくることも数度あった。この2月で、倒れて7年が過ぎ、8年目にはいったわけだけど、こんなに時間がたって、回復してくることがあるんだな。

スイッチをためしたのは、6年前のことだ。気持ちだけが早り、まったくまだ無理な時期に、スイッチセットをレンタルしたりしていた。それから、難しいだろうから、その時期がきたら、またトライしようとおもっているうちに、もう7年が過ぎた。

左手の握力が、意思と連動して、継続的に利用できるようになったら、ついにスイッチが使える日がやってくる。ここのところ、端座位をとっているときに、目が開いているときによくぼくをにらんでいる。なんか言いたいことがあるようだ。

たまに、口をもにょもにょと動かすこともある。しかし、どこの部位も、意識的に上手にはうごかせない。そのとき、たまたま、神経がつながって動かせるところを動かすものだから、それは、手だったり、まばたきだったり、口だったりする。

どこでもいいんだけど、コントロールしながら、筋肉を動かせる場所さえあれば、そこからコミュニケーションにいける。しかし、今日くらい握力が出てきたということは、もしかしたら、指筆談に、解りやすさをもたらしてくれるかもしれない。

相変わらず、指筆談はできないけど、またトライしてみよう。
そして、エジソンの名言を信じよう。

私は失敗したことがない。
ただ、10,000通りの
「うまくいかない方法」を
見つけただけだ。


2月の夏空

風も暖かい2月。空には夏の雲が浮かんでいる。こんな小春日和という言葉も似合わぬ、小夏つむじ風みたいな陽気だ。この時期、低体温が不安だったが、今年はあまり低体温には悩まされていない。風に吹かれながら、目を閉じ気持ちよさそうに、キャンプ気分だ。

久しぶりに、アイスコーヒーを3滴、3滴、2滴、と3回も飲んだ。ストローを口にもっていくと、3回とも自分から口をあけた。イヤな時には口を結び、首をふるから、今日は味わってみたいという気分だったのだろう。

「いいね。こうやって、味わえるということは、生きて行く上で、ものすごい楽しみだよね。こうやって、キャンプにも行きたいなぁ。今のままじゃ、ワインも飲めない。ホルモン焼きまでは難しいとしても、ワインくらい飲めるようにしたいよねー」
<ギロリ (・・・バーカ、そんな簡単な話じゃないのよ、と強い目)>
というようなやり取りをしながら、お外にしばらくいた。しかし、風が強くなってきたので、寒くはないけど、目に埃がはいるといやだから、退散した。
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TIME

あまりに普通の話でいやなんだけど、最近、つくづく年齢を感じる。まったく、この年にならないと、わからないことがある。小説だって、作家の年齢以上の人物のことを書くときには、なかなか難しいことがあるはずだ。急に、ある大御所歌手のぼやきを思い出した。若手マネージャーがついたときのあるイベントに、ぼくが同行した食事のときに 「西嶋にはわかるだろ? 年を取るとな、きついんだよ。若いやつらにはわからんのだ。スケジュールの入れ方に手加減がない。体のきつさが、こいつらにはわからん」・・・とぼやいていたことを思い出した。もう7〜8年前の話だ。ぼくもその年齢に近づいた。 続きを読む


シンプルライフ

妻は映画好きです。ドーンとかバーンとかいうのは好きじゃなくて、日本映画のしっとりしたのが好きみたいです。先日、テレビで「ツナグ」をやっていたので録画し、もってきました。

テレビ放送ではOAタイムの調整のため、すでにカットされている部分もあるかと思いますが、それにCMを被せながらチャンネルを変えさせないようにしてある部分などもカットすると、90分くらいになり、妻に見せるには丁度いい時間になります。処置の時間の合間に、マッサージ、端座位、そしてテレビタイムとなるので、これ以上長いと中断して、また続きを見るとかしないといけませんが、90分くらいだと、タイムスケジュールを計画的に調整すれば、通して見ることができます。

映画とかは、必ず一度自分で見てから妻に向いてそうなものを見せます。体が動かせないので、受け身にしかできない環境では、嫌なものも拒否することが出来ません。なので、残虐なシーンや、怖いものは、排除しています。しかし、感情が動かされるものでないと、興味が湧きません。それは、映画も音楽も同じだろうとおもいます。なので、感情のベクトルがフィットしていると思われるもの、また、感情が動かされても「いい刺激」につながるものと判断できるもののみを、見せるように心がけています。そんなわけで、あまりテレビを見ないぼくも、妻のおかげでテレビを見ることがあります。

先日「ツナグ」を見ました。 続きを読む


Anniversary

昨日は、31年の結婚記念日だった。
1日遅れのプレゼントを渡しに病院に来た。

最近、アモーレなお二人と知り合い、その旦那さんの正面から意志を伝える姿をみて、いい夫婦だなと心から思った。妻が倒れてここ7年間は、一生懸命にやってきたと思うけど、結婚してから倒れるまでの24年間はいったいどうだったんだろうな。あの旦那さんみたいに、正面から妻と向き合うようなことがあっただろうか?・・・全然やっていないな。

そんなアモーレな二人に触発され、1日遅れのプレゼントは、バラでコーディネートしてみた。
バラ一輪と、ローズのボディミルク。

手足をマッサージして、端座位して、そして今はファミリーヒストリーをみている。
ゆったりとした、ささやかな記念日でした。


仁・義・礼・智

ふと松村先生のことを思い出した。

都内の打ち合わせで、お墓のそばに行くので、お墓参りをしようと思いながら、電車にのった。打合せお終え、墓地へと向かった。とても綺麗な都内の墓地。公園のように綺麗に整備されていて、しばらく、墓石にむかいお礼の言葉、そして近況をゆっくりと声にだして報告をした。

ぼくはこの先生ほど、仁=思いやり、義=筋の通った生き方、礼=人間関係を潤滑にする態度 智=善悪の判断・・・を明確にしながら、すっきりと生きた人を他にしらない。その一つ一つの態度に助けられた。こんな先生と、たまに酒を飲み、音楽の話をし、語りあえたことは、とても幸せだと思う。

先生のことは、よく思い出し、思い出すと涙が出る。そして、この涙は悲しい涙ではない。感謝の涙、それは、先生のあたたかい心にふれ、感じたときに溢れだした涙だ。 続きを読む


ぼくらの端座位ライフ

ここのところの、端座位&首の運動は、安定感のあるプロフェッショナルの域に突入している。まぁ、端座位のプロとか、首の運動のプロという人に会ったことがな~いので、プロフェッショナルの定義というのはないのだけれで、顔つきの話である。

顔つきがいい。
いつもの無表情の中にある不敵な面構えとでもいうのか、貫禄がある。これがプロっぽいということにつながる。

しばらく、端座位をしていると、自分から頭を前にポンと投げ出して、トレーニングをはじめる。以前は、ガクンと頭が落っこちていたのだけど、最近は、首の筋肉の使い方が上手になっていて、ソフロランディングするのは当たり前。時には、頭が倒れる途中で、しばらくキープしたり、様々なことを試しているようです。

ベッドのの端に座り、北側の窓から、空をみあげる。いつも同じ空だけど、雲の形がちがったり、今日は風がつよくて、上空には黒い雲の勢力と、白い雲の勢力があり、その間を青空が川のように流れている。 続きを読む